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2016.11.23 (Wed)

ターミネーター:新起動/ジェニシス

久しぶりにネトゲから解放されて
近所のゲオを覗いてみたんだけど,
ターミネーターの新作が置いてあってビックリだ。

いつの間に出てたのこんなの?
いやあネトゲ廃人も長くやってるとほんとに
社会の流れから取り残されちゃうんですねえ^^;

しかし最近のハリウッドはリブート大好きね。
バットマンにスーパーマンに…ゴーストバスターズもだっけ?
ネタが尽きたのか,予算を食いすぎて
安牌以外狙いづらくなってきているのか…
この辺はゲーム業界と似たり寄ったりなのかもしれないな。



見ましたよ当然,ええ。
スタローンとシュワちゃんが出てくる映画は
必ず見るよう遺伝子に刻み込まれているので。

本作は1と2のリブートというか,カイル・リースが
サラ・コナーを救うべく過去に送り込まれるところを
カイル視点でもう一度描いた作品やね。

先行して過去に送り込まれたT-800を追うべく
カイルがタイムマシンに乗り込んだまではいいけど,
あれっワープする直前に残党のターミネーターが
ジョン・コナーを襲っていたような?!
どうなってしまうんだいったい―というところで1984年。

シュワちゃんとカイルが服を奪うシーンあたりは
原作そのままで旧作のファンはニヤリ必至。
ナイキの靴とかどうやって再現したんだか!

しかしそこはリブート作。
過去に飛んだT-800には老いたT-800が,
カイルにはみんな大好きT-1000が襲いかかる!
そして大型狙撃銃を使いこなすサラ・コナー。

誰が敵で誰が味方なのか?!
わしらの知っているターミネーターじゃない!
うーん掴みは完璧だ!



んでいま全部見終わって一息ついているところ。
さてどう感想をつけたものか。

突然ですがみなさんターミネーターシリーズはどれくらいお好き?
「自分の中では1と2で完結してる」って人,
けっこういるんじゃないかな。

そういう人のために先に申し上げておきますと,本作は
(1と2の根底に流れる圧倒的な絶望感,悲壮感は)ないです。
だって敵のターミネーターあっさりと倒されちゃうんだもん。
最強の敵T-3000もカイルとサラをチンタラ勧誘していたりして
あんまり緊迫感を与えてくるものでもなく。



1はほんと絶望的な戦いだったもんなあ。
ヒロインのサラは典型的なお嬢様って感じだし,
未来から送られてきたカイルも線が細くて頼りなげで。
せめてスーパー光線銃の一つも持ってくればいいのに,
お前そんな裸一貫でなにしに来たんだっていう。

かたや全盛期のシュワちゃんは怖いのなんのって。
銃で撃たれようがタンクローリーで爆破されようが
ピンピンしててどうやってこんなの倒すんだって。
無力な人間と強力なターミネーターの対比が
より一層ドラマを引き立てるというかね。



2は多くの視聴者からターミネーターシリーズの
最高傑作だと考えられているだろうし,いまさら
そこに付け加えるようなこともないだろうけど,
不死身のT-1000がもたらすあの終わりなき
張り詰めた緊張感,メキシコの砂漠の夕焼けに
象徴されるような透き通った絶望感が
なんていうんだもう,美しいといってしまっていいのか。

今は亡き夫カイルへの愛からか,彼の遺言を信じて
たったひとりで人類の未来を変える戦いに身を投じるサラ。
酔って子供を殴ることのないターミネーターは最高の夫だ
という彼女の独白からその半生の壮絶さがにじみ出ている。
リンダ・ハミルトン自体の変貌ぶりがすごくて
とても1のイモネーチャンと同一人物とは思えない。

幼いジョン・コナーを演じるエドワード・ファーロングもこれ以上ない
ハマリ役だったし(レオンのナタリー・ポートマンと双璧!),
ラストの展開もああまとめられちゃったらもうどんな続編も及ばないよなあ。



という具合に旧作への思い入れが強いほど
違和感を覚えるかもしれないけど,今作があえて
味付けを変えているのも意味があるんじゃなかろうか。

どういうことかというと,1とか2のときって
ターミネーターは完全に未知の存在だったわけじゃない。
だから視聴者はなにも知らないサラ・コナーに
感情移入しやすかったと思うんよ。

ところがいまの我々はすでにターミネーターを
知り尽くしているわけで,そこでまた
なにも知らないサラ・コナーが逃げ惑っても,
もういいよ…ってなるかもしれない? じゃない?
要するにもうホラー映画としては撮れない。



だから今作は立場を逆転させた。
なんかどうも誰かがサラ・コナーの幼年時代に
T-800(2で味方だった機体)を送り込んだらしくて,
彼女は未来の出来事を知った上で準備万端で
1984年の戦いに臨んでいるんだよね今回。
むしろ未来から送られてきたカイルのほうが
そのことを知らなくて泡食っているという。

その辺も視聴者の目線と登場人物の
目線を合わせるための演出だと思えば,
そこまでおかしくはないのかなって。

逆にまったく新しい展開に驚く視聴者は
今作ではカイルに感情移入することになるんだろう。
自分の知ってる過去じゃない! って。



加えて今回のサラ・コナーはやたらと美人で
「あたしもやればできるんだからばかにしないでよフン!」
みたいな勝ち気でどことなく甘えが
垣間見えるような性格になっているんだけど,
それも幼少期からずっとT-800に守られていたという
設定の変更から考えれば自然な流れかなという気もする。
あんまり悲壮感がないのも当然で,
彼女は心強いおじさんに守られていたわけだから。

そして肝心要のT-800はといえば,
「もう合体したのか? 合体したのか? としつこく聞いて娘にうざがられる」
「敵の内情を探るべくサイバーダイン社で働いていたがクビになった」
などなど残念エピソードあふれるダメ親父に。
お父さんそれ思春期の娘に一番やっちゃいけないやつやあああ!!

映画館で見なくてよかったわこんなん…。
見てたら一人で大爆笑して雰囲気ぶち壊してたわ。



そんなターミネーター見たくなかった?
いやいやお客さん,そもそも同じ登場人物に異なる役割,
意義が与えられているという手法は2で確立された
このシリーズのお家芸なわけで,そういう意味では
本作こそまさにターミネーターの正統後継作!

ターミネーターシリーズの流儀に倣えばこそ,
前作と同じ設定にしてはならないんですよ!

ホラーからアクションへ,そしてアクションからコメディへと
手を変え品を変え同じ話を繰り返す,これこそが
歴史改変モノの妙味ってもんでさあ!

Old, but not obsolete.(古いが,ポンコツではない)
という本作の決め台詞も,老いたシュワちゃん
ひいては90年代の遺物と化したこのシリーズが放つ
渾身の自虐ジョークなわけでもう涙なしには見られない。
ポンコツだろこの!



一方で割を食っているのがストーリー展開で,
ゆでたまごが原作なのかってくらいガバガバ。
野暮なツッコミで大いに楽しめる。

タイムマシンに2人乗れるなら最初から
人間側も機械側も団体で押しかけてこいよ! とか
1997年と2017年でタイムスリップの行き先揉めるくらいなら
子作りでもしながらそのまま30年待てばいいんじゃないですかね…とか
その辺のスピーカーのコイル巻きつけてパンチしただけで
やられる最強ターミネーターってなんだよ…とか。
でもキン肉マンで鍛えられたお前らはそんな細かいことは気にしないよな!

個人的にはあのダイソンさんが無事存命していて
サイバーダイン社のCEOになっているのを見られただけで満足。
最後サイバーダイン社木っ端微塵に吹っ飛んでたけど…
やっぱり不幸の星の下に生まれているのかもしれない。



そんなわけでね,本作は旧作のファンのために
作られたといっても過言ではない。
なぜならリブートに見せかけた続編だから!

1から4までに歴史改変を前提に,それよりさらに
以前の地点から歴史改変を行ったことでまったく
新しい物語になった…という構造なのが本作(たぶん)。

"There is no fate but what we make for ourselves."
シリーズを貫くこのコンセプトは健在で,
かつては歴史がどのように変えられるのか
一喜一憂していた我々は,今度は歴史が
どこまで変わらないのか一喜一憂することになったのだ。

だからこそ1・2最高! っていう人ほど絶対見たほうがいいよ!
本作は1と2の偉大さを再認識させてくれる最高のセッターだ!

気に食わないことがあったらこのDVDを
叩き割ってもう一度1と2を見直そう! そして叫ぼう
"There is no new work but what Cameron made !"

未来の刺客から美しい過去の思い出を
守るための孤独な戦いがいま始まる。
サラ・コナーはキミだ!



そこまで思い入れがない方はノンストップアクション
コメディホームドラマとしてお楽しみいただけます。

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2012.02.04 (Sat)

ROCK YOU!

~蝕のこないベルセルク,中世ヨーロッパの島耕作,本宮ひろ志inハリウッド~





舞台は中世14世紀,百年戦争まっただ中のフランス・イングランド。
この時代,貴族階級だけが参加できる
馬上槍試合(トーナメント)というスポーツが存在したッ!

主人公ウィリアムは,流浪の騎士エクター卿の従者。
ところが,ある馬上槍試合の最中にエクター卿が死んでしまう。
このままでは後ろ盾のない従者たちは飢え死にするほかない。

幸いにして馬上槍試合は板金鎧の完全武装で行われるもの。
ウィリアムは他の従者を説得し,主人の鎧を着こんでエクター卿として試合に臨む。
路銀を稼ぐため,やがて勝利の栄光のため,女の愛を得るため,
そして幼い頃からの夢であった騎士になるため―!



単純明快なストーリーなのにグイグイ惹き込まれるのは,登場人物がみんな魅力的だから!
ともすればDQN,しかし欠けることのない,
まさに馬上槍のごとき真っ直ぐさで勝利を求める主人公ウィリアム,
見た目のとおり包容力があり,ウィリアムのよき理解者,従者仲間のローランド,
ケンカっ早くてどこかアホの子,だけどみんなから愛されている同じく従者仲間のワット,
の主人公3人を筆頭として,
作中の笑いの7割はかっさらっていく,
息を吐くように嘘八百を並べ立てる愛すべきギャンブル狂,
文豪にして紋章官こと詩人のチョーサー,
(彼が滔々と謳いあげるウィリアムの偽名ウルリック卿の勲しは,
 まるでK-1やPRIDEの選手登場シーンそのもの。
 アンディィィーフゥーグゥーッ!
 謳い文句もいかしてて最高!)
女だてらに亡夫の跡をつぎ,はっきりいって
こっちのほうが美人だしヒロインにふさわしいんじゃないかと思われる
(ただし屁は大きい)女鍛冶屋のケイト。

まだまだいるぞ。
「私と仕事とどっちが大事なの!?」と迫り(※),
うざいことこの上ないのにそれすらも楽しく見られる
ヒロインの大貴族令嬢のジョスリン,
こっちのほうが美人だしヒロインに(略)のその従者クリスティアーナ,
憎らしい悪役と呼ぶにはあまりにも男前でかっこよすぎるアダマー伯爵と
人のよさそうな,苦労人っぽいその従者。

そして男気に男気で答えるエドワード黒太子,
ウィリアムのためにベストを尽くした父親,ジョン。



なんて気持ちのいい映画なんだろう。
見ていて淀むところがひとつもない。
階級闘争というとどうにも血なまぐさいイメージがつきまとうけど,
本作の登場人物はみな負の感情で動いていないことと,
舞台が馬上槍試合という,ルールあるスポーツの世界だからなのが原因かなあ?

口を開けば皮肉しか言わないこのわしが
ここまでスルッと受け入れられるってのは異常事態。
主人公たちと肩を叩き合って「やったぜ!」と叫びたくなる。

スタンドバイミー,グーニーズ,天空の城ラピュタに比肩する青春冒険活劇映画だ。
ここまで爽快な内容で,
クイーンがオープニングエンディングを固めてたら名作でないわけがねえ。
まるでクイーンの曲を映画化するために作られたといっても頷けるくらいぴったりと合ってる。


他人にモノを薦めることなんかめったにないけど,
これだけは見て楽しめると自信を持ってオススメできる。
ただし,見るときは頭をカラッポにしてな!

ああ,今までこれを見ていなかったのが悔やまれる。
そして,主役のウィリアムと,ダークナイトのジョーカーが同じ役者だと知ってビックリ。
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※ ジョスリンがわざわざこんなこというのは,
 彼女に言い寄る男たちが「あなたのために勝利を捧げる」ときれいごとを言いながら,
 その実自分ではなく勝利しか見ていなかったことに対するロック,
 言いかえると「わたしはトロフィーじゃない!」ってことなんだろう。

 そんな彼女を見てて許せるのは,
 「自己愛より私への愛が大きいことを証明して」
 という彼女自身の台詞を,彼女も証明してみせたからだろう。

 作中,彼女はウィリアムに対し,あなたがどんな身分でも愛する,と言う。
 現代の日本人から見たら,ともすれば
 そりゃ身分より愛でしょみたいに言うかもしれないけど,
 21世紀の現代でもなお厳然とした階級社会であるイギリスにおいて,
 それも中世でこの台詞はまさしく自身の命を賭けるものに違いない。

 要するにウィリアムもジョスリンも純粋一途でお似合いってことだよ
 言わせんな恥ずかしい。

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12:23  |  映画  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2012.02.01 (Wed)

パラノーマル・アクティビティ   第9地区

引き続き映画の感想を。



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女のナイーブな感情を,男の理性とビデオという現実で追い詰めていくとどうなるのっと。
男女のすれ違いを描いた悲恋ドラマ。

男は女の言うことを真に受けてはいけない,けど敬意も払わなくてはならない。
大変だね。
QBさんを見習わないと。

どうでもいいけど,ケイティとミカって役者の本名だったのか。





■ 第9地区
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あれ,バーホーベン監督いつの間にスターシップ・トゥルーパーズの続編作ったの?
と思ったら違う監督の作品だった。

地球にエイリアンが襲来!
すわ宇宙戦争か?! と思いきや,
宇宙船の中にいたのは死にかけていた宇宙難民でした。
地球人の皆さん,タスケテクダサーイ。

エビそっくりでちょっとおっかない,けど実はなかなかに仲間思いの
宇宙人との触れ合いを描いた,(ビルの爆破で)心温まる物語。

宇宙人との異文化コミュニケーションという,
こちらもまたありきたりなテーマながら大ヒットしたのは,
やっぱ宇宙人の立ち位置が絶妙だからだろうなあ。

エイリアンやプレデターのような凶悪な敵対者というわけでもなく,
E.Tのような神秘的な存在でもなく,
アバターのナヴィのような気高く,どこか憧れを抱きたくなるような存在でもない。

バカでかい宇宙船に乗ってきてたり,
とんでもない威力の兵器を持ってたりするところからすると
地球よりも文明は進んでそうだけども,
指導者層がいなくなっているせいでまったく何もできない,
まさしくわしらの宇宙人版というべき存在だ。
(地球人の文明もロケットや核ミサイルを作り上げたけど,
 一般人がそれを使えるかといったら使えないよね)
そして何よりすごいのが数。
地球へやってきた当初で180万匹,いまや250万匹。
だもんだから,圧倒的な現実として人類にのしかかってくる。

そしてまた落ちてきた場所が秀逸。
みんな大好きヨハネスブルグ
L.Aや東京なんかに落ちてきたらパニック映画だけど,
こんなステキ空間に落ちてきたせいか,
普通に地球の環境に馴染んでしまっているエビたち。
さすがヨハネスブルグだ,宇宙人がやってきてもなんともないぜ!



舞台の場所が場所なだけに,植民地支配や人種差別といった
社会問題を表現した風刺映画であることは間違いない。
人間の規範が通じないせいで犯罪しまくってるせいもあるんだけど
エビたちは結構迫害されてるし,
(宇宙人を保護する金があるなら俺達に回せよ! と暴動寸前の)
地元「人間」住民への配慮から始まったエビたちの強制移住に対して,
エビたちの保護を訴える「人間」の人権団体が抗議活動を行う,
なんていう皮肉なシーンもあるし。

しかし,娯楽作品として見られないような,重い映画かというとそんなことは全然なくて,
むしろ突如トラブルに巻き込まれた脳天気な主人公の小市民ぶり,右往左往ぶりに爆笑し,
ところかまわずゲロとオシッコを撒き散らすエビたちに「きたねえ!」とシャウトし,
ちゃっかりブラジャーしている(たぶん本人達は意味が分かってない)エビにまた爆笑し,
イキイキとエビ狩りを楽しむ傭兵大佐の背後に透けて見える人間の残酷さに驚愕し,
でもそんな大佐たちとエイリアンの超兵器との戦いにエキサイトし,
(人類の兵器とエイリアン側のパワードスーツがなかなかにいい勝負するんだなこれが)
「なんだよ! クリストファー(エビ)が一番まともじゃねえかよ!」と涙し,
映画を見終わった後はエビフライを食べに行きたくなるような,
そんな頭からっぽにした見方をしても十二分に楽しめる作品だと思う。



さて,そんな人類の優雅な生活におし入って来た
この奇妙な250万匹のエビがそれからどこへ行ったかというと
実はまだヨハネスブルグにいるのです。

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00:52  |  映画  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2012.01.29 (Sun)

ダークナイト(3)

新シリーズだけ見て旧シリーズを見ないのはやっぱり片手落ち(放送禁止用語)なので,
ティム・バートン監督の初代バットマンを借りて見てみた。

ワオ。
登場人物の描かれ方がまるで反対だ。
ぴったり正反対であるところに,クリストファー・ノーラン監督の
旧シリーズに対する愛が感じられるのはわしだけ?
「こちらの側面は旧シリーズでたっぷり御覧になったでしょうから,
 今回は反対側を撮りますね」っていう。



旧シリーズだと,バットマンは観客からみても正体不明の存在だ。
新シリーズがその誕生と活躍,苦悩を丁寧に描いているのに対して,
旧シリーズでは「裕福で著名な医師である両親が,若き日のジョーカーによって殺される」
という誕生の契機は語られるものの,ブルース・ウェインがどうやって生計を立てているのか,
銃弾をも通さない鎧やバットモービルをはじめとする数々のオブジェはどう作られたのか,
その強さはどこで得たのか,そういったバックグラウンドは語られない。
さらに(物理的に)闇から出てこない。
文字通りのダークヒーローっていう感じ。

どことなく退廃的な香りの漂うゴッサム・シティのありさまや,
広々とした屋敷の中で主人公とヒロインがぽつんと2人きりの食事のシーンからして,
あのままゴシックホラーの世界に入り込んで題名がいつの間にか
吸血鬼ドラキュラなんて風に変わっていたとしても全然違和感なさそう。

そして,悪党はきっちり殺す。
マフィアは木っ端微塵に爆破し(どっちがテロリストなんだ),
ジョーカーには両親の復讐だと言い切り,
さらには彼を「自身の罪の重さが分かるように」始末する。

古き良き(?)アメリカの姿がそこにあった。



かたやジョーカーも対照的だ。
マフィアの内紛に端を発する旧シリーズは,逆にジョーカーに関する描写が豊富。
その誕生の経緯,活躍(?),趣味嗜好に至るまで…。
役を演じるジャック・ニコルソンが一番の大物だったからそうなった…かどうかは知らんけど。

旧シリーズのジョーカーはひとことで言うと貴族,という印象を受けた。
まず,美を愛する。
自分の感性に合わなければ,
どんなに他人が評価している作品でもめちゃくちゃに破壊するけど,
逆に自分の感覚に合えば正当に評価するし,さらに自身の美を表現しようとする。
ヒロインはそのせいでジョーカーに目を付けられちゃったわけだけど…。

自身の道楽のために金も惜しまない。
金持ちだからこそ出来る芸当だろうけど,2,000万ドルをポンっとばらまく。
よっ,お大尽!

「善」「美」「金」という社会の価値観そのものを破壊しようとする
=それらに依存しきっている新シリーズのジョーカーとは逆に,
自身の価値観で生きてる趣味人なんだよなー旧シリーズのジョーカーは。
人から注目されないとスネてしまう子どもっぽいところは一緒だけど。



自分がやってることに自信があるんだ。
その対比が一番鮮明に現れていたのは,
ジョーカーのところにバットマンが突っ込んでくるシーンだと思う。
新旧どちらのジョーカーもバットマンに対して「来いよ!」と吠える。
けど,その心情はまったく正反対。

旧シリーズのジョーカーは,自分がやられるとは微塵も思っていない。
「オマエのへなちょこ弾になんか当たるかよ!」だろう。
果たして実際に弾は当たらず,それどころかジョーカーは
長大なマグナムの1発で逆にバットマンを撃墜してしまう。
どっから出したんだよあの銃は。
ウイグル獄長か。

新シリーズのジョーカーは,自身が殺されることで「命に価値などないこと」
「バットマンが自身に課した不殺のルールが崩れ去ること」
を示さなければならないわけだから,自分がやられないと困ってしまうわけだ。
そしてバットマンは,それを避けるために
わざわざバットポッドを転倒させて気絶してしまう。
最初このシーンを見たときはギャグかと思ったんだけど,
よくよく考えたら意味のあるシーンだった。
ダークナイトは,こういうふうに一見しただけじゃ
意味がよく分からないシーンが多すぎて困る。
逆にいえば,ものすごい密度ということなんだけど。

新シリーズのジョーカーに自信など全くない。
凶悪な犯罪を犯すのに,わざわざこれはゲームだから,ジョークだからと
言い訳をしなければならないほどに彼は弱い。
失敗し,神様に見放されることに対する恐怖が彼を支配しているように見える。



旧シリーズを見て,ますます新シリーズのジョーカーが
熱心なプロテスタントに見えて仕方がなくなってしまった。
社会に適応できない程度に純粋な,原初のプロテスタント。
彼らの心は恐怖に支配されている。



なんだよ免罪符って!
誰が救われるかは教会が決めることか!?
神様がお決めになるもんだろう常識的に考えて…。

誰が救われて,誰が救われないか,それは予め神様によって決められている。
けど,神様の頭の中を覗くわけにもいかないから,
人間にはそれが誰か…自分が救われるかどうかは分からない。
ギャー。

いやしかし,少なくとも,神様との約束を守る人間は神様のお気に召すのではないか?
それくらいの予想をしたって,罰は当たらないのではないか?

よしじゃあ約束はきっちり守って思いっきり働くぞー おー^^
神様私はこんなに良い子でーす!

アメリカが異常なまでに正義,大義名分にこだわるのは,
歴史的には原住民を虐殺して建国したという事実があり,
宗教的にはプロテスタントの呪縛があるから…
かどうかは,わしの知ったこっちゃないけど。

新ジョーカーはやたらと爆発物を使う。
その理由について本人はこう答える。
「俺が好きなのは,火薬とガソリン。どれも安いものばかりさ」
清貧を旨とし,合理性を重んじるアメリカ型プ…もういいや。



「善=神の(不)存在」の証明のために命をかけるジョーカーの心情は,
信仰を持たないわしにはいまいちピンと来ない。
そのせいで彼の怖さも伝わってこないんだと思う。
「そんな腹の足しにならないことにムキになってどうするの?
 他にすることないの?」と思ってしまう。
けど,信仰を持つ人々にとっては,彼の攻撃は
自身の存在を根底から揺るがすような恐るべきものなんだろう,たぶん。
正直,アメリカ以外の国,特に日本において
観客が「彼を恐怖できるだけの素養」があるかどうか,ちょっと疑問。



さっきからなんでジョーカーのことばかり言ってるのって思われるかもしれないけど,
背景に信仰の存在があるのはブルース・ウェインもハーヴェイ・デントも一緒だから。
ただ,ジョーカーが一番分かりやすくそれを表現していただけで。





しかし,ダークナイトは勝者のいない物語だね。
バットマンは,その暴力と恐怖だけではゴッサム・シティを統治しきれず,
ハーヴェイ・デントが担うべき社会正義(適正手続の保証)は現実の前に押し潰され,
ジョーカーのように信仰に全てを捧げる生き方が復活するわけでもなく,
一般人は自ら責任を被るだけの覚悟はなく,バットマンへの依存から脱却できない。
(バットマンの役割が厄介事の始末人からスケープゴートに変わっただけ。
 ダークナイトである皇帝と民衆が融和したロマサガ2のエンディングとは正反対)

あらゆる価値観が崩壊し,どーすんべこれと途方にくれている様子が
特に現実らしく写ったのもヒットした原因の一つかな。

まあ,ダークナイトの世界観だと
バットマンとジョーカーの戦いは永遠に続くみたいだから
初戦は痛み分けってくらいなのかね。



あ。
唯一,あらゆる人間の価値観がひとつになるであろうものがあったわ。
ダークナイトのヒロインについての感そ…おっと誰か来たようだ。

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2012.01.27 (Fri)

ダークナイト(2)

ジョーカーって,いうほど自由な存在かね。

そりゃたしかにやってることは野放図だ。
一般人もマフィアも見境なく殺す,死体袋に紛れてコンニチハ,
金は燃やす,病院を爆破し,バットマンにはオレを轢いてみろと吠え,
おちゃめな嘘で主役の3人を絶望の淵に追いやり,看護婦に女装して(あらやだかわいい),
デントにはオレを殺してみろとばかりに銃を渡し,
一般人を煽って殺人者へと変えようとする。
手を変え品を変え,よくもまあここまで悪いことができるもんだ。

けど,よく見てみると,ジョーカーの行動は極めて制限されていることに気がつく。
彼は悪いこと,かつ意味のあることしかしていない。

「ジョーカー? テロ? 今日は休みだよ」
などといい,カウチでゴロゴロしながら
ポテトチップスをほおばっている彼の姿を想像できるだろうか。
庭の花に水をやっている姿は?



断言してもいいけど,ダークナイトの中でジョーカーは一番不自由な存在だ。
なぜなら,彼が作品の中で担っているのは「混沌」ではなく
「非秩序」「反社会」であって,しかもその職務に一番熱心だから。
殺人以外は何でもできる(エシュロンさえも作っちゃう)バットマンに対して,
悪事以外は何もできないジョーカーはひどく窮屈だ。
ジョークという言葉を口にしながらも彼からは余裕が感じられないし,
鼻歌交じりに行われる凶悪な犯罪も
プロテスタントの鑑とでもいうべき勤勉さの産物に見えて仕方がない。
ほんとに楽しんでるの?
それならいいんだけど(いいのか?)。



彼は同時に作中で最も無力な存在でもある。
莫大な資産家であるブルース・ウェインや
社会的地位のあるハーヴェイ・デントとレイチェル・ワイズ,
「普通の生活」があるその他一般人に対して,
ジョーカーはバットマンから憎まれ,
一般人から恐れられないと存在できないんだもの。

社会に反することしかできない。
ブルース・ウェインやハーヴェイ・デントのように「悪に落ちる自由」もない。
ただただ,社会の規範の奴隷。
善に依存しきった存在…。

わしがこの映画にのめり込めなかったのは,
敵役であるジョーカーが小物すぎて,
というと熱演したヒース・レジャーに失礼だからより正確に言って,
彼が哀れすぎて見てられないというのが一因だったかもしれない。





彼を見てるとストレンジジャーニーを思い出す。
「人間がひどいことばっかりするから悪魔のわたしたちが出てきたんだからね!
 悪いのは人間なんだからねっ!」
ってなんじゃいそら。
すねただだっ子かオノレは!?

それでもオマエは悪魔かああああ!
メガテンは悪魔が主役の物語じゃなかったのかかああ!
こんな卑近な悪魔の描き方をするやつがあるかああ!
これじゃあ凡百のRPGと変わらんわあ!

そうじゃないでしょ!?
メガテンの悪魔は人間とは異なる価値観を持つ確固たる存在でしょうが。
ビャックショーイとくしゃみの一発で銀河系の2,300も消し飛ばして
「あれ,こんなところに生物が住んでる星があったの。
 気がつかんかったわ,いやーごめんごめん,わっはっは」
っていうくらいの圧倒的などうしようもなさを持ってておくれよ!

思い出すんだ,バエルやパズスやルシファーがいつ人間に依存した?
なんだか使えそうな人間がいるからちょっと鉄砲玉にしてみるかくらいの
軽い気持ちで主人公たちをからかっただけで,
彼らの意思と力は彼ら自身のものだったはずだよ。



人間が泣こうが笑おうが,生きようが死のうが,
あるいは核の炎で地球を焼き尽くそうが,
陽は登っては落ちるし,風は吹くし,雨は降るし,空は青いし土は苦い。

わしらのご先祖様は,そういった自身を取り巻く世界に敬意を払って
それらを悪魔(メガテンでいう悪魔は世間でいう神様も含む。)と呼んだんじゃないの。

悪魔が人間の認識の産物,人間の行為の反作用などとは思いあがりも甚だしいわ。
あえて順番をいうなら,世界(悪魔)が先,人間が後でしょうよ。

そもそも,畏れと敬意のない世界に善も悪も神も悪魔もあるものか。





何の話だっけ。
ああそうジョーカーね。
わしは彼の主体性のなさがどうにももどかしいんだけど,
一方で彼はリメイクで一番割を食ってしまったんじゃないかとも
思えてしまうのでなんとも煮え切らない気分。
道化ならば自分で物を考えもしようけど,
あれじゃあ不善をなすだけのクグツだよ,かわいそうに。

けど,社会の秩序を維持するために
悪に手を染めることを厭わない者をダークナイトと呼ぶなら,
神の善性を担保するために人々を誘惑し続ける悪魔=ジョーカーこそが
神の最も忠実なる僕,最大の功労者,真のダークナイトになってしまうんでないの。

物語を完成させるために自身の人格も個性も捧げて(失って)しまったわけだし,
ジョーカーは殉教者といっても差し支えないか。

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2012.01.27 (Fri)

ダークナイト

とうとう雪が降ったね。
こんな寒い日は布団に逃げ込むに限る。
というわけで,光の4戦士は一時中断して,借りてきたDVDを鑑賞。

いやー,ゾンビ映画は何本もまとめて見ちゃダメだね。
後ろの作品ほど冷静になってくるから困る。



ランド・オブ・ザ・デッドはもう少しがんばってほしかった。
ロメロ監督の作品だと思うと余計に。
ただ,ブルジョワが立て篭もる高層ビルに
無産階級のゾンビたちが押し寄せるという展開を見ていて,
ゾンビ映画の本質は階級闘争なんだなーとちょっと感じたり。

金持ちは意地汚く,ゾンビはやたら生き生きと
(そして時には被害者的に)描写されているところを見るに,
監督は観客がむしろゾンビ側に感情移入するのではないかと考えてそう。
ということは,この映画の観客=大衆がよほど貧困層に落ち込んでいるわけで,
そういう意味でゾクリとした
そりゃアメリカはTPPゴリ押しするわけだ。
やな汗かいた。



ハウス・オブ・ザ・デッドは美人のおねーちゃんが
パイオツを拝ませてくれたから良い映画。
セガのゲームを映画化してるだけあってバカゲー臭漂う。



んで今日の本題はダークナイト。
これはなんの映画でしょーか。
FF2かと思った?
残念,バットマンでした!

アメリカ,というか全世界でもたいそうヒットしたらしいのに,
日本じゃ知名度イマイチなのは,題名が悪かったんじゃないかなあ…。
チープだとか叩かれようともバットマン2とかにしておけばもう少し売上伸びたんじゃ!?
かくいうわしもゲオで実物見て,初めてバットマンの続編だと知ったんで。

えー,本編に入る前にわしとバットマンのつながりを。
というより,何もつながりがないということを断っておきますよ。
原作のコミックもティム・バートンの旧シリーズもまったく見たことなし。
バットマンビギンズは見たけど,途中で寝ちゃってストーリーはまったく記憶になし。



そんなわしが見た感想だけど…えらいモヤモヤする。
痛快なヒーローアクションかと思ってみたらえらい暗い作品だったという,
ウォッチメンを見た時のような肩透かしを食ったというわけではなく,
なに開き直ってんのというツッコミ的な意味合いで。



この映画の舞台ゴッサムシティは,高層ビルの立ち並ぶやたらと綺麗な現代都市。
スラムとかどこにあんの? っていう感じ。
ということはだ,バットマンビギンズ以降の新バットマンシリーズは
単に旧作をリメイクしましたというだけではなくて,
「バットマンが現代に現れたら,どんな存在になるんだろう?」
というifの物語でもあると思うんだよね,たぶん。

舞台が現代であるというのは非常に重要なポイント。
なんでかっていうと,己の存在意義に悩むバットマンは
そのまんま現在のアメリカの姿を示しているから。

バットマンはいわば私設自警団で,犯罪者をやっつけたりすることで
役に立つこともあるかもしれないけど,
一般市民からしてみれば厄介者でもあるわけだ。
バットマンがいるせいでいらぬ争いが起きちゃったりして。
これが,世界の警察を標榜して世界のあちこちに喧嘩を売りまくる
アメリカの姿とイコールなのは確定的に明らか。

で,バットマンは自分はいないほうがいいんじゃないかとか悩んだりするんだけど,
最終的には人々からの誤解,偏見,汚名を甘受しつつ,
自分の信じる正義の為に戦い続ける道を選ぶんだ。
決してヒーローではない,悪を倒す悪,犬を食う犬,まさにダークナイト
うーん,かっこいい。

この作品が現実とリンクしてなくて,映画がアメリカ国内だけでやってるなら
これってつまり,
「なんか俺たちよその国から受けが悪いけど,
 やつらが分かんないだけでこれって正しいことだから。
 テロとの戦いはやめないよ」
っていう宣言なわけでしょ。
ゲェーッ

「バットマン(アメリカ)が追い詰めるからジョーカー(テロリスト)が生まれるんだ」
って作中できっちりと言われてるのにこの体たらく。
どうしてこうなった。

自国民は(犯罪者までもが)極限状況においても良心を保っていて(※),
他国民は得体のしれないキチガイ,絶対悪なんていうストーリーを
アメリカ以外の国の人間が見たらどう思うか,考えなかったんか。

そんなのオマエの妄想だろうって?
映画と現実をごちゃまぜにするなって?
じゃあ,なんで敵役のジョーカーはテロリスト(=外国人)そのものとして描かれてるの。
顔も指紋も過去もない得体のしれない存在,
人々を恐怖心で麻痺させ,互いに憎み合うように仕向ける犯行の手口,
そして理性が通用しない(資本主義に価値を置かない,自分の命すら惜しまない)相手…。
(アメリカ人が考えるところの)非アメリカ的なもの,パブリックエネミーの象徴でないの。



ある種のピカレスクロマンである本作のストーリーとしては,これでいいと思う。
けど,ここまで現実の世界情勢を下地にしておきながら,
たとえ絶望の淵に立たされても孤独に戦い続けるアメリカかっこいい(キリッ
でハイ終わりっていうのはあまりにも無責任ってもんじゃあないの,ええ!?
少しはその態度を省みなよって。

これだったら,敵役のジョーカーに
「オレもオマエも一般人からしたら同じキチガイだろう」って突っ込まれても
「遺言はそれだけか!」とでも言って(いや,そもそも無言で)
豪快に機関銃をぶっ放しそうなシュワちゃんやスタローン(が主演の映画)の方が
よほどリアルなアメリカの姿を表現しているし,世界に対して責任ある態度だったと思う。
「俺たちは気にくわない奴には容赦しねえ!」という,
アメリカがいかに野蛮な国であるかを包み隠さず公開していたからね。



なんでこんなに鼻につくんだろう。
わし自身,こういう紋切り型のステレオタイプ的な見方は好きじゃないのに。
作品の感想以前のナンクセになっているとは分かっているのに。
どうしても気になってしまって本編に入り込めない。
くやしい ビクンビクン

冗談抜きで。
こういった変な引っかかり方さえしなければ,
この映画の底にたゆたう深遠なテーマに感じ入ることもできたのに。
といっても,キリスト教徒ではないわしに聖者の受難,悪魔の誘惑という
テーマがどれほど理解できるかわからんけど。



話を戻す。
たぶん引っかかる原因は,この作品の中に欺瞞を感じるからだろう。
社会派というか,なまじ現実のアメリカをベースに作っているにもかかわらず,
現実のアメリカからかけ離れた姿が現実のアメリカの姿として提示されていることに。
アメリカが不殺のヒーローとか,お前は何を言っているんだ状態。

それこそコマンドーとかのように,
「これは娯楽映画ですよ脳みそ空っぽにしてみてくださいね」
ってはじめから言ってくれれば,まったく気にならないのに,
というかそういうの大好きなのに。

アメリカが嫌いなわけでも,野蛮が嫌いなわけでもないんだ,欺瞞が嫌いなんだわしは。
アメリカは野蛮な国でいいから(ほんとはよくないけど),上品ぶるのはやめてくれー。

この作品もダークナイトを銘打つのなら,
人々がお互いに爆破ボタンをポチッちゃうようなどうしようもない世界でも,
それでも戦い続けるような漆黒の物語にしてほしかった。
なんだか中途半端だった。





一方で,さすがにこの年になれば,
映画を作るのにはえらいしがらみがあるんだろうなあということは推察できる。
むしろ,制作費2億ドルのプロジェクトなんて途方もなさすぎて想像できないけど,
きっとスポンサーはとにかく興行収入を上げるように檄を飛ばすだろうし,
原作,旧作ファンは隙あらば「これだから新シリーズは…」と難癖つけようとするだろうし,
ミーハーな観客は「難しくするとわけわかんない」と文句つけるだろうし,
経理のボブ(誰だよ)は金が足りないと悲鳴を上げるだろうし,
ワイフのエマは…手伝ってくれたんだっけか。

とにかく,映画監督にとっての映画制作とは,
100のうち99まで他人が好き勝手に作ったピースを
押し合いへし合いなんとか枠にはめ込んで,
最後の1ピースに自分の作風を込めて作るジグソーパズルみたいなもんなんだろう。

そう考えると,この中途半端ぶり,ちぐはぐ具合も
それらの調整の結果,いや反抗の結果だったりするのかなあーと思えたりして面白い。
コミック原作,絶対に大ヒットしなければならない大衆娯楽映画という制約の中で,
緻密なプロット,カタルシスを得やすいとは決して思えない人間描写という
監督の作風をよくぞまあここまでねじ込んだものだよ。
もともとド派手なアクション映画を撮る監督じゃないみたいだし。
たとえるなら,幼児向けアニメの世界に
現実の戦争の雰囲気をねじ込んだガンダムみたいなもんかな。

荒唐無稽なヒーローアクションがシリアスなヒューマンドラマに!
という展開をどう評価するかによってまったく異なった感想が出るだろうけど,
本来はティーンの少年という限られた客層がメインターゲットでありながら,
タイタニックに比肩するようなヒットを叩き出したんだから怪物というほかない。
これは間違いない。



で,結局どういう映画なんだよって?
それは見てのお楽しみ。

ダークナイトはバットマンの物語ではない。
もっとおぞましい何かだ。
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※ 警察を含めた一般人が,多数決では爆破のスイッチを押すことに賛成しながらも,
 実際にスイッチを押すことが出来なかったのは,良心の帰結というよりも
 同胞を爆破してまで生き延びることへの罪悪感に耐えられなかったからだと見るべきかも。
 それができるのは罪を背負うことに拘泥しないキチガイ
 =バットマンとジョーカーだけ,という対比かな?
 (都合のいい時はバットマンに頼り,
 都合が悪くなると彼を非難する無責任な大衆への非難とも取れる)

 あるいは,そういうキチガイとはつきあいませんという一般人の意思表示かもしれないけど,
 実際に投票までしちゃってる以上,そうみるのはきついかな。

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