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2012.01.29 (Sun)

ダークナイト(3)

新シリーズだけ見て旧シリーズを見ないのはやっぱり片手落ち(放送禁止用語)なので,
ティム・バートン監督の初代バットマンを借りて見てみた。

ワオ。
登場人物の描かれ方がまるで反対だ。
ぴったり正反対であるところに,クリストファー・ノーラン監督の
旧シリーズに対する愛が感じられるのはわしだけ?
「こちらの側面は旧シリーズでたっぷり御覧になったでしょうから,
 今回は反対側を撮りますね」っていう。



旧シリーズだと,バットマンは観客からみても正体不明の存在だ。
新シリーズがその誕生と活躍,苦悩を丁寧に描いているのに対して,
旧シリーズでは「裕福で著名な医師である両親が,若き日のジョーカーによって殺される」
という誕生の契機は語られるものの,ブルース・ウェインがどうやって生計を立てているのか,
銃弾をも通さない鎧やバットモービルをはじめとする数々のオブジェはどう作られたのか,
その強さはどこで得たのか,そういったバックグラウンドは語られない。
さらに(物理的に)闇から出てこない。
文字通りのダークヒーローっていう感じ。

どことなく退廃的な香りの漂うゴッサム・シティのありさまや,
広々とした屋敷の中で主人公とヒロインがぽつんと2人きりの食事のシーンからして,
あのままゴシックホラーの世界に入り込んで題名がいつの間にか
吸血鬼ドラキュラなんて風に変わっていたとしても全然違和感なさそう。

そして,悪党はきっちり殺す。
マフィアは木っ端微塵に爆破し(どっちがテロリストなんだ),
ジョーカーには両親の復讐だと言い切り,
さらには彼を「自身の罪の重さが分かるように」始末する。

古き良き(?)アメリカの姿がそこにあった。



かたやジョーカーも対照的だ。
マフィアの内紛に端を発する旧シリーズは,逆にジョーカーに関する描写が豊富。
その誕生の経緯,活躍(?),趣味嗜好に至るまで…。
役を演じるジャック・ニコルソンが一番の大物だったからそうなった…かどうかは知らんけど。

旧シリーズのジョーカーはひとことで言うと貴族,という印象を受けた。
まず,美を愛する。
自分の感性に合わなければ,
どんなに他人が評価している作品でもめちゃくちゃに破壊するけど,
逆に自分の感覚に合えば正当に評価するし,さらに自身の美を表現しようとする。
ヒロインはそのせいでジョーカーに目を付けられちゃったわけだけど…。

自身の道楽のために金も惜しまない。
金持ちだからこそ出来る芸当だろうけど,2,000万ドルをポンっとばらまく。
よっ,お大尽!

「善」「美」「金」という社会の価値観そのものを破壊しようとする
=それらに依存しきっている新シリーズのジョーカーとは逆に,
自身の価値観で生きてる趣味人なんだよなー旧シリーズのジョーカーは。
人から注目されないとスネてしまう子どもっぽいところは一緒だけど。



自分がやってることに自信があるんだ。
その対比が一番鮮明に現れていたのは,
ジョーカーのところにバットマンが突っ込んでくるシーンだと思う。
新旧どちらのジョーカーもバットマンに対して「来いよ!」と吠える。
けど,その心情はまったく正反対。

旧シリーズのジョーカーは,自分がやられるとは微塵も思っていない。
「オマエのへなちょこ弾になんか当たるかよ!」だろう。
果たして実際に弾は当たらず,それどころかジョーカーは
長大なマグナムの1発で逆にバットマンを撃墜してしまう。
どっから出したんだよあの銃は。
ウイグル獄長か。

新シリーズのジョーカーは,自身が殺されることで「命に価値などないこと」
「バットマンが自身に課した不殺のルールが崩れ去ること」
を示さなければならないわけだから,自分がやられないと困ってしまうわけだ。
そしてバットマンは,それを避けるために
わざわざバットポッドを転倒させて気絶してしまう。
最初このシーンを見たときはギャグかと思ったんだけど,
よくよく考えたら意味のあるシーンだった。
ダークナイトは,こういうふうに一見しただけじゃ
意味がよく分からないシーンが多すぎて困る。
逆にいえば,ものすごい密度ということなんだけど。

新シリーズのジョーカーに自信など全くない。
凶悪な犯罪を犯すのに,わざわざこれはゲームだから,ジョークだからと
言い訳をしなければならないほどに彼は弱い。
失敗し,神様に見放されることに対する恐怖が彼を支配しているように見える。



旧シリーズを見て,ますます新シリーズのジョーカーが
熱心なプロテスタントに見えて仕方がなくなってしまった。
社会に適応できない程度に純粋な,原初のプロテスタント。
彼らの心は恐怖に支配されている。



なんだよ免罪符って!
誰が救われるかは教会が決めることか!?
神様がお決めになるもんだろう常識的に考えて…。

誰が救われて,誰が救われないか,それは予め神様によって決められている。
けど,神様の頭の中を覗くわけにもいかないから,
人間にはそれが誰か…自分が救われるかどうかは分からない。
ギャー。

いやしかし,少なくとも,神様との約束を守る人間は神様のお気に召すのではないか?
それくらいの予想をしたって,罰は当たらないのではないか?

よしじゃあ約束はきっちり守って思いっきり働くぞー おー^^
神様私はこんなに良い子でーす!

アメリカが異常なまでに正義,大義名分にこだわるのは,
歴史的には原住民を虐殺して建国したという事実があり,
宗教的にはプロテスタントの呪縛があるから…
かどうかは,わしの知ったこっちゃないけど。

新ジョーカーはやたらと爆発物を使う。
その理由について本人はこう答える。
「俺が好きなのは,火薬とガソリン。どれも安いものばかりさ」
清貧を旨とし,合理性を重んじるアメリカ型プ…もういいや。



「善=神の(不)存在」の証明のために命をかけるジョーカーの心情は,
信仰を持たないわしにはいまいちピンと来ない。
そのせいで彼の怖さも伝わってこないんだと思う。
「そんな腹の足しにならないことにムキになってどうするの?
 他にすることないの?」と思ってしまう。
けど,信仰を持つ人々にとっては,彼の攻撃は
自身の存在を根底から揺るがすような恐るべきものなんだろう,たぶん。
正直,アメリカ以外の国,特に日本において
観客が「彼を恐怖できるだけの素養」があるかどうか,ちょっと疑問。



さっきからなんでジョーカーのことばかり言ってるのって思われるかもしれないけど,
背景に信仰の存在があるのはブルース・ウェインもハーヴェイ・デントも一緒だから。
ただ,ジョーカーが一番分かりやすくそれを表現していただけで。





しかし,ダークナイトは勝者のいない物語だね。
バットマンは,その暴力と恐怖だけではゴッサム・シティを統治しきれず,
ハーヴェイ・デントが担うべき社会正義(適正手続の保証)は現実の前に押し潰され,
ジョーカーのように信仰に全てを捧げる生き方が復活するわけでもなく,
一般人は自ら責任を被るだけの覚悟はなく,バットマンへの依存から脱却できない。
(バットマンの役割が厄介事の始末人からスケープゴートに変わっただけ。
 ダークナイトである皇帝と民衆が融和したロマサガ2のエンディングとは正反対)

あらゆる価値観が崩壊し,どーすんべこれと途方にくれている様子が
特に現実らしく写ったのもヒットした原因の一つかな。

まあ,ダークナイトの世界観だと
バットマンとジョーカーの戦いは永遠に続くみたいだから
初戦は痛み分けってくらいなのかね。



あ。
唯一,あらゆる人間の価値観がひとつになるであろうものがあったわ。
ダークナイトのヒロインについての感そ…おっと誰か来たようだ。

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2012.01.27 (Fri)

ダークナイト(2)

ジョーカーって,いうほど自由な存在かね。

そりゃたしかにやってることは野放図だ。
一般人もマフィアも見境なく殺す,死体袋に紛れてコンニチハ,
金は燃やす,病院を爆破し,バットマンにはオレを轢いてみろと吠え,
おちゃめな嘘で主役の3人を絶望の淵に追いやり,看護婦に女装して(あらやだかわいい),
デントにはオレを殺してみろとばかりに銃を渡し,
一般人を煽って殺人者へと変えようとする。
手を変え品を変え,よくもまあここまで悪いことができるもんだ。

けど,よく見てみると,ジョーカーの行動は極めて制限されていることに気がつく。
彼は悪いこと,かつ意味のあることしかしていない。

「ジョーカー? テロ? 今日は休みだよ」
などといい,カウチでゴロゴロしながら
ポテトチップスをほおばっている彼の姿を想像できるだろうか。
庭の花に水をやっている姿は?



断言してもいいけど,ダークナイトの中でジョーカーは一番不自由な存在だ。
なぜなら,彼が作品の中で担っているのは「混沌」ではなく
「非秩序」「反社会」であって,しかもその職務に一番熱心だから。
殺人以外は何でもできる(エシュロンさえも作っちゃう)バットマンに対して,
悪事以外は何もできないジョーカーはひどく窮屈だ。
ジョークという言葉を口にしながらも彼からは余裕が感じられないし,
鼻歌交じりに行われる凶悪な犯罪も
プロテスタントの鑑とでもいうべき勤勉さの産物に見えて仕方がない。
ほんとに楽しんでるの?
それならいいんだけど(いいのか?)。



彼は同時に作中で最も無力な存在でもある。
莫大な資産家であるブルース・ウェインや
社会的地位のあるハーヴェイ・デントとレイチェル・ワイズ,
「普通の生活」があるその他一般人に対して,
ジョーカーはバットマンから憎まれ,
一般人から恐れられないと存在できないんだもの。

社会に反することしかできない。
ブルース・ウェインやハーヴェイ・デントのように「悪に落ちる自由」もない。
ただただ,社会の規範の奴隷。
善に依存しきった存在…。

わしがこの映画にのめり込めなかったのは,
敵役であるジョーカーが小物すぎて,
というと熱演したヒース・レジャーに失礼だからより正確に言って,
彼が哀れすぎて見てられないというのが一因だったかもしれない。





彼を見てるとストレンジジャーニーを思い出す。
「人間がひどいことばっかりするから悪魔のわたしたちが出てきたんだからね!
 悪いのは人間なんだからねっ!」
ってなんじゃいそら。
すねただだっ子かオノレは!?

それでもオマエは悪魔かああああ!
メガテンは悪魔が主役の物語じゃなかったのかかああ!
こんな卑近な悪魔の描き方をするやつがあるかああ!
これじゃあ凡百のRPGと変わらんわあ!

そうじゃないでしょ!?
メガテンの悪魔は人間とは異なる価値観を持つ確固たる存在でしょうが。
ビャックショーイとくしゃみの一発で銀河系の2,300も消し飛ばして
「あれ,こんなところに生物が住んでる星があったの。
 気がつかんかったわ,いやーごめんごめん,わっはっは」
っていうくらいの圧倒的などうしようもなさを持ってておくれよ!

思い出すんだ,バエルやパズスやルシファーがいつ人間に依存した?
なんだか使えそうな人間がいるからちょっと鉄砲玉にしてみるかくらいの
軽い気持ちで主人公たちをからかっただけで,
彼らの意思と力は彼ら自身のものだったはずだよ。



人間が泣こうが笑おうが,生きようが死のうが,
あるいは核の炎で地球を焼き尽くそうが,
陽は登っては落ちるし,風は吹くし,雨は降るし,空は青いし土は苦い。

わしらのご先祖様は,そういった自身を取り巻く世界に敬意を払って
それらを悪魔(メガテンでいう悪魔は世間でいう神様も含む。)と呼んだんじゃないの。

悪魔が人間の認識の産物,人間の行為の反作用などとは思いあがりも甚だしいわ。
あえて順番をいうなら,世界(悪魔)が先,人間が後でしょうよ。

そもそも,畏れと敬意のない世界に善も悪も神も悪魔もあるものか。





何の話だっけ。
ああそうジョーカーね。
わしは彼の主体性のなさがどうにももどかしいんだけど,
一方で彼はリメイクで一番割を食ってしまったんじゃないかとも
思えてしまうのでなんとも煮え切らない気分。
道化ならば自分で物を考えもしようけど,
あれじゃあ不善をなすだけのクグツだよ,かわいそうに。

けど,社会の秩序を維持するために
悪に手を染めることを厭わない者をダークナイトと呼ぶなら,
神の善性を担保するために人々を誘惑し続ける悪魔=ジョーカーこそが
神の最も忠実なる僕,最大の功労者,真のダークナイトになってしまうんでないの。

物語を完成させるために自身の人格も個性も捧げて(失って)しまったわけだし,
ジョーカーは殉教者といっても差し支えないか。

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2012.01.27 (Fri)

ダークナイト

とうとう雪が降ったね。
こんな寒い日は布団に逃げ込むに限る。
というわけで,光の4戦士は一時中断して,借りてきたDVDを鑑賞。

いやー,ゾンビ映画は何本もまとめて見ちゃダメだね。
後ろの作品ほど冷静になってくるから困る。



ランド・オブ・ザ・デッドはもう少しがんばってほしかった。
ロメロ監督の作品だと思うと余計に。
ただ,ブルジョワが立て篭もる高層ビルに
無産階級のゾンビたちが押し寄せるという展開を見ていて,
ゾンビ映画の本質は階級闘争なんだなーとちょっと感じたり。

金持ちは意地汚く,ゾンビはやたら生き生きと
(そして時には被害者的に)描写されているところを見るに,
監督は観客がむしろゾンビ側に感情移入するのではないかと考えてそう。
ということは,この映画の観客=大衆がよほど貧困層に落ち込んでいるわけで,
そういう意味でゾクリとした
そりゃアメリカはTPPゴリ押しするわけだ。
やな汗かいた。



ハウス・オブ・ザ・デッドは美人のおねーちゃんが
パイオツを拝ませてくれたから良い映画。
セガのゲームを映画化してるだけあってバカゲー臭漂う。



んで今日の本題はダークナイト。
これはなんの映画でしょーか。
FF2かと思った?
残念,バットマンでした!

アメリカ,というか全世界でもたいそうヒットしたらしいのに,
日本じゃ知名度イマイチなのは,題名が悪かったんじゃないかなあ…。
チープだとか叩かれようともバットマン2とかにしておけばもう少し売上伸びたんじゃ!?
かくいうわしもゲオで実物見て,初めてバットマンの続編だと知ったんで。

えー,本編に入る前にわしとバットマンのつながりを。
というより,何もつながりがないということを断っておきますよ。
原作のコミックもティム・バートンの旧シリーズもまったく見たことなし。
バットマンビギンズは見たけど,途中で寝ちゃってストーリーはまったく記憶になし。



そんなわしが見た感想だけど…えらいモヤモヤする。
痛快なヒーローアクションかと思ってみたらえらい暗い作品だったという,
ウォッチメンを見た時のような肩透かしを食ったというわけではなく,
なに開き直ってんのというツッコミ的な意味合いで。



この映画の舞台ゴッサムシティは,高層ビルの立ち並ぶやたらと綺麗な現代都市。
スラムとかどこにあんの? っていう感じ。
ということはだ,バットマンビギンズ以降の新バットマンシリーズは
単に旧作をリメイクしましたというだけではなくて,
「バットマンが現代に現れたら,どんな存在になるんだろう?」
というifの物語でもあると思うんだよね,たぶん。

舞台が現代であるというのは非常に重要なポイント。
なんでかっていうと,己の存在意義に悩むバットマンは
そのまんま現在のアメリカの姿を示しているから。

バットマンはいわば私設自警団で,犯罪者をやっつけたりすることで
役に立つこともあるかもしれないけど,
一般市民からしてみれば厄介者でもあるわけだ。
バットマンがいるせいでいらぬ争いが起きちゃったりして。
これが,世界の警察を標榜して世界のあちこちに喧嘩を売りまくる
アメリカの姿とイコールなのは確定的に明らか。

で,バットマンは自分はいないほうがいいんじゃないかとか悩んだりするんだけど,
最終的には人々からの誤解,偏見,汚名を甘受しつつ,
自分の信じる正義の為に戦い続ける道を選ぶんだ。
決してヒーローではない,悪を倒す悪,犬を食う犬,まさにダークナイト
うーん,かっこいい。

この作品が現実とリンクしてなくて,映画がアメリカ国内だけでやってるなら
これってつまり,
「なんか俺たちよその国から受けが悪いけど,
 やつらが分かんないだけでこれって正しいことだから。
 テロとの戦いはやめないよ」
っていう宣言なわけでしょ。
ゲェーッ

「バットマン(アメリカ)が追い詰めるからジョーカー(テロリスト)が生まれるんだ」
って作中できっちりと言われてるのにこの体たらく。
どうしてこうなった。

自国民は(犯罪者までもが)極限状況においても良心を保っていて(※),
他国民は得体のしれないキチガイ,絶対悪なんていうストーリーを
アメリカ以外の国の人間が見たらどう思うか,考えなかったんか。

そんなのオマエの妄想だろうって?
映画と現実をごちゃまぜにするなって?
じゃあ,なんで敵役のジョーカーはテロリスト(=外国人)そのものとして描かれてるの。
顔も指紋も過去もない得体のしれない存在,
人々を恐怖心で麻痺させ,互いに憎み合うように仕向ける犯行の手口,
そして理性が通用しない(資本主義に価値を置かない,自分の命すら惜しまない)相手…。
(アメリカ人が考えるところの)非アメリカ的なもの,パブリックエネミーの象徴でないの。



ある種のピカレスクロマンである本作のストーリーとしては,これでいいと思う。
けど,ここまで現実の世界情勢を下地にしておきながら,
たとえ絶望の淵に立たされても孤独に戦い続けるアメリカかっこいい(キリッ
でハイ終わりっていうのはあまりにも無責任ってもんじゃあないの,ええ!?
少しはその態度を省みなよって。

これだったら,敵役のジョーカーに
「オレもオマエも一般人からしたら同じキチガイだろう」って突っ込まれても
「遺言はそれだけか!」とでも言って(いや,そもそも無言で)
豪快に機関銃をぶっ放しそうなシュワちゃんやスタローン(が主演の映画)の方が
よほどリアルなアメリカの姿を表現しているし,世界に対して責任ある態度だったと思う。
「俺たちは気にくわない奴には容赦しねえ!」という,
アメリカがいかに野蛮な国であるかを包み隠さず公開していたからね。



なんでこんなに鼻につくんだろう。
わし自身,こういう紋切り型のステレオタイプ的な見方は好きじゃないのに。
作品の感想以前のナンクセになっているとは分かっているのに。
どうしても気になってしまって本編に入り込めない。
くやしい ビクンビクン

冗談抜きで。
こういった変な引っかかり方さえしなければ,
この映画の底にたゆたう深遠なテーマに感じ入ることもできたのに。
といっても,キリスト教徒ではないわしに聖者の受難,悪魔の誘惑という
テーマがどれほど理解できるかわからんけど。



話を戻す。
たぶん引っかかる原因は,この作品の中に欺瞞を感じるからだろう。
社会派というか,なまじ現実のアメリカをベースに作っているにもかかわらず,
現実のアメリカからかけ離れた姿が現実のアメリカの姿として提示されていることに。
アメリカが不殺のヒーローとか,お前は何を言っているんだ状態。

それこそコマンドーとかのように,
「これは娯楽映画ですよ脳みそ空っぽにしてみてくださいね」
ってはじめから言ってくれれば,まったく気にならないのに,
というかそういうの大好きなのに。

アメリカが嫌いなわけでも,野蛮が嫌いなわけでもないんだ,欺瞞が嫌いなんだわしは。
アメリカは野蛮な国でいいから(ほんとはよくないけど),上品ぶるのはやめてくれー。

この作品もダークナイトを銘打つのなら,
人々がお互いに爆破ボタンをポチッちゃうようなどうしようもない世界でも,
それでも戦い続けるような漆黒の物語にしてほしかった。
なんだか中途半端だった。





一方で,さすがにこの年になれば,
映画を作るのにはえらいしがらみがあるんだろうなあということは推察できる。
むしろ,制作費2億ドルのプロジェクトなんて途方もなさすぎて想像できないけど,
きっとスポンサーはとにかく興行収入を上げるように檄を飛ばすだろうし,
原作,旧作ファンは隙あらば「これだから新シリーズは…」と難癖つけようとするだろうし,
ミーハーな観客は「難しくするとわけわかんない」と文句つけるだろうし,
経理のボブ(誰だよ)は金が足りないと悲鳴を上げるだろうし,
ワイフのエマは…手伝ってくれたんだっけか。

とにかく,映画監督にとっての映画制作とは,
100のうち99まで他人が好き勝手に作ったピースを
押し合いへし合いなんとか枠にはめ込んで,
最後の1ピースに自分の作風を込めて作るジグソーパズルみたいなもんなんだろう。

そう考えると,この中途半端ぶり,ちぐはぐ具合も
それらの調整の結果,いや反抗の結果だったりするのかなあーと思えたりして面白い。
コミック原作,絶対に大ヒットしなければならない大衆娯楽映画という制約の中で,
緻密なプロット,カタルシスを得やすいとは決して思えない人間描写という
監督の作風をよくぞまあここまでねじ込んだものだよ。
もともとド派手なアクション映画を撮る監督じゃないみたいだし。
たとえるなら,幼児向けアニメの世界に
現実の戦争の雰囲気をねじ込んだガンダムみたいなもんかな。

荒唐無稽なヒーローアクションがシリアスなヒューマンドラマに!
という展開をどう評価するかによってまったく異なった感想が出るだろうけど,
本来はティーンの少年という限られた客層がメインターゲットでありながら,
タイタニックに比肩するようなヒットを叩き出したんだから怪物というほかない。
これは間違いない。



で,結局どういう映画なんだよって?
それは見てのお楽しみ。

ダークナイトはバットマンの物語ではない。
もっとおぞましい何かだ。
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※ 警察を含めた一般人が,多数決では爆破のスイッチを押すことに賛成しながらも,
 実際にスイッチを押すことが出来なかったのは,良心の帰結というよりも
 同胞を爆破してまで生き延びることへの罪悪感に耐えられなかったからだと見るべきかも。
 それができるのは罪を背負うことに拘泥しないキチガイ
 =バットマンとジョーカーだけ,という対比かな?
 (都合のいい時はバットマンに頼り,
 都合が悪くなると彼を非難する無責任な大衆への非難とも取れる)

 あるいは,そういうキチガイとはつきあいませんという一般人の意思表示かもしれないけど,
 実際に投票までしちゃってる以上,そうみるのはきついかな。

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2012.01.20 (Fri)

光の4戦士(2)

魔女を倒し,なんとか北の洞窟を(結局手探りで)脱出したはいいものの,
故郷に戻れば人々は石になってて,パーティもバラバラに。
なんだこれ,光の4戦士とか題しておきながら4人一緒に冒険しないの?
FF1とか3みたいなのイメージしていたから驚いた。

お姫様とクールガイは難民として隣国に保護され(いやにリアルな展開だ),
熱血少年と女兵士は故郷を救う手立てを探す旅にでる,と。



砂漠でキリンジュなる青年が仲間に。
そこはかとないミンウ臭が漂う。
なんだか事情通みたいだけど,理由も説明せずにだまって俺についてこいだなんて…。
強引なところもステキ。

しかし流砂の城で迷う迷う。
ここのボスに水系魔法が有効らしいんだけど,
というより試しに戦ってみたら素殴りで2とか3しか当たらなかったんで
確実に必要っぽいんだけど,これがまた見つからない。

城の中に水系魔法を打ち込むオブジェクトがあるから
この中にあるのは間違いないのになあーと思いつつ,
いったん探索を断念してグーラの街に戻ったら夜の王宮で手に入った。
誰が気がつくんだよこんなのぉぉ!



はっ!
夜の街と聞いて…すぐある予感が走った…
このゲーム運否天賦じゃない…
…おそらくは…
愚図が堕ちていく
勝つのは知略走り 他人出し抜ける者…



ゲームには,それぞれのルール・文脈があるッ!
FF2なら回避率,FF5なら(レベルよりも)アビリティ,FF8ならカード変化!
このゲームの核心部分にいち早く気付いた者がより効率的にゲームを進め,
最終的な勝者になることができるのだ!

「昼と夜で世界が違う姿を見せる」
これを攻略に組み込んでいかなければならないのが,光の4戦士のルールか。
学習したぞ。



そしてもうひとつ,戦闘時のAI。
これも運否天賦じゃない,確固たるルールがあるようだ。
例えば回復魔法は,現在HPの絶対値が基準になっている。
現在HP/最大HPが30/100と20/40のキャラがいるなら,後者が優先されるということ。
被ダメージの総量は考慮されていない!
この点も含めて戦術を練っていく必要がある。
上のような状態なら,素早いキャラがケアル(小回復)で後者を回復し,
遅いキャラがポーション(大回復)で前者を回復するとか。

さらにいうと,攻撃時にもルールがあるようだ。
敵には前列,後列の区別があり,
味方キャラの装備が近接武器(剣,斧,短剣…)の場合は前列の敵を,
遠距離武器(弓,攻撃魔法…)の場合は後列の敵を優先的に攻撃する。

ここに

・前列の敵は近接物理攻撃主体で,物理攻撃に強く,魔法攻撃に弱い
・後列の敵は遠距離魔法攻撃主体で,魔法攻撃に強く,物理攻撃に弱い

という一般的情報を加えるなら,
「素早いキャラが弓で後列の敵を潰し,遅いキャラが魔法で前列の敵を叩く」
という戦法が成立するわけだ。

目標を選択できない=戦術性がない,ではない
AIの仕様を理解した上で,敵の編成,弱点に応じて
適切に装備,クラウンを変更していく必要があり,
しかもここにアイテムの所持限界15という制限まで加わるとなれば,
むしろきわめて戦術性の高いゲームといえよう。
まだ2,3時間しか遊んでないけど,きっとそうに違いない!
楽しみにしてるぞ!



ウォータが手に入ったことでボスも瞬殺。
やっぱ気付きのゲームだなこれ。
もしウォータが手に入らなかった場合もグーラの道具屋で
南極の風を買えばそれで倒せるみたいだし,フォローもあんだね。

そして突如現れた娘とイチャイチャし始めるキリンジュ。
人助けじゃなくて自分の女に会いに行くのが目的だったのかYO!

きゃつのパーティ離脱後,
預かり所にきゃつの装備が転送されていないことを確認。
即リセット。

アルテアの帝王,バロンのハイエナと恐れられた
このわしから逃れられると思ったか!

その債権(そうび),キッチリ回収させてもらいましょ!
1203.jpg



しかし,ほんとに幸薄いなこの女兵士は。
ようやっと頼りになる男が仲間になって甘えられるかと
淡い期待を抱いていた矢先に,目の前で曽根崎心中かまされるし。
強く生きろよユニータ!

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12:32  |  光の4戦士  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2012.01.16 (Mon)

光の4戦士はじめました。

サガ3はいったんここらへんにしておいて,
積みゲーのひとつ,光の4戦士を始めた。



「FC,SFCでいっぱい遊んでくれた懐古厨のオジサマ,これもよろしくね♪」
みたいに堂々とパッケージ裏に書いてあるとおり,ほんとにレトロな作りだわ。

まず,スクエニお得意の華麗なCGによるOPは一切なし。
電源を入れてすぐ出てくるのは,真っ白な背景に黒一文字のタイトルのみ。
渋いねぇ,まったくおたく渋いぜ。

セーブも一つ。
FF1のオマージュですね,分かります。
…って今の御時世それが通用するとでも思っているのかァ!?
GBAのFF1すらセーブ3つはあったぞォォ!

フゥフゥ。
深呼吸して…。
まず目に飛び込んでくる,飛び出す絵本そのものというべきグラフィック。
DSのローポリゴンだから,決して秀麗とはいえない。
けど,まさにこのゲームの世界観というものを端的に表現しているような,独特な味わいだ。
むしろローポリの粗さを逆手に取ったような,うまい見せ方だのー。
家の中がごちゃごちゃしていて見にくいのはご愛嬌かな。
同じスクエニのゲームでいうなら,サガフロンティア2を彷彿とさせる。



漏れ聞いたとおり,ストーリーは唐突だし,ヒントも少ない。
速攻で北の洞窟に突撃したら,帰りの分のたいまつを用意してなくて詰んだわ。

1202.jpg
たいへん,少年少女の冒険物語が殺伐空間に!

「あれあれ~?
 普段から若いプレイヤーのことをゆとりゆとりと蔑んでいる
 懐古プレイヤーの皆さんのことですから,まさか帰りのたいまつを
 用意し忘れるなんて間抜けな真似はするわけないですよね~?」(CV:江戸川コナン)
としらばっくれた顔でのたまうスタッフの姿が透けて見えるような,素晴らしい展開だ。

いいだろう小僧!
かつてバルサスの要塞や城塞都市カーレをも踏破したこの懐古の本気を見せてくれるわ!!
とやる気がみなぎってきます,とてもいいゲームですね。



戦闘がすごい。
コマンドは選べるけど,対象が選べない。
CPUが気まぐれに敵を選んで叩くのを見ていると,
これから先,こちらの戦術をまるで無視して動くキャラに
殺意を覚え続ける日々が続くことを予見できて胸が熱くなる。

あ,これほめ言葉だからね?
いうほどCPUは愚かじゃないし,1コマンド入力の手間が減ってるから非常に楽。

ただ,弱点を突くか突かないかでダメージが激変するあたりに多少不安が。
これが行き過ぎると,お互いの弱点を突きあうだけの
シーソーゲームというかジャンケンゲームになりかねないような。
だ,だいじょうぶだろうな。



所持品もえらいことに。
武器鎧盾アクセサリ,魔法の本に薬に…全部あわせて15個しか持てない。
「昔のドラクエなんて1人8個だったろ?
 それに比べれば非常にリーズナブル,良心的所持量でございます」
と満面の笑みでのたまうスタッフの顔が(略

あーほんとに懐かしいわ。
財宝を持ち帰る量を見越して装備を整えて出発するなんて何年ぶりだろう。
「タワーシールドは強力だけど重量点が550もあるんだよなあー。
 金貨550枚分は痛いなあー途中で財宝拾ったら捨ててくか」
みたいにアレコレ思い悩んでいたころを思い出す。



とりあえず1時間遊んでみた限りでは,
「クセが強くてとても万人にオススメできるゲームじゃないけど,
 波長が合う人がやったらハマれそうな感じ」かな。
当然わしはハマれそうだ。
さーなんとかして洞窟突破するぞー。
最悪手探りで…。

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2012.01.15 (Sun)

【サイボーグ】絶対に考えないと進めない時空の旅【縛り】

DSサガ3,強さ装備引き継ぎなしのハードモード,
サイボーグオンリープレイ,クリアーいたしました。
サガ3はすでに10周近く遊んでおりますが,
ここまで過酷な旅(ジャーニー)は初めてでございました。
これに比すれば,モンスター4人旅など近所の犬の散歩のようなものでございます。

と同持に,ここまで楽しめた冒険も初めてであったように思えます。
そこでもし,この楽しさを皆様にお伝えすることができたなら,
これに勝る喜びはないと思い一筆認める所存です。



なにがきついって,

・ サイボーグ以外への変化を禁止すると大剣と斧の熟練度しか上がらない
・ 力が上がる装備主体の構成になるから,素早さが低くなりがち=先手を取られてボコられる 
・ 大剣と斧はコストが高いから,強い武器を使ってるとあっという間に破産

ここらへんがね…。
いいものじゃあないのよ,サイボーグなんて。
ステータスをマックスまで上げても人間の半分。
ボス戦で無理して強い技を使っても経費は回収できないし,
戦闘後もポーションを使ってばかり。

冗談抜きで,サイボーグオンリープレイは経費との戦い。
特に金食い虫の斧はできれば使いたくないところなんだけど,
トマホークのブレードロールとギロチンアクスのスカイドライブが
単体火力としては優秀すぎて,特にボス戦ではどうしても使わざるを得ない。
くやしい ビクビク

安価で,力も防御も上がるディフェンダーさんはサイボーグの救世主。
最初から最後まで使い続けたわ。
アイテム欄がディフェンダーだらけ。

雑魚でちまちま稼いで,ボス戦で一気に散財。
粋な江戸っ子だねぇ!



いちおう,サイボーグにもメリットはある。
ディフェンダーで素の防御を上げまくれば,物理攻撃を完全にシャットアウトできるところ。
これだけが救い。

あとは,サイボーグというより種族固定の旅のメリットになるけど,
特性の引継ぎを計画的に行えるという点。
むしろ,計画的に特性の引継ぎを行わないとクリアーできないというべきか。
それってやっぱりメリットじゃないじゃないですか,やだー!

素早さ不足を補うための○命中と○攻撃速度はほぼ必須として,後半ボスの
凶悪な全体魔法から生き延びるための○回復,○魔法防御,○地水火風闇防御,
火力を劇的に向上させる○地水火風聖攻撃あたりをかき集めなアカン。
特に○ナントカ攻撃は,攻撃の手数が減らせて経費削減に役立つという実利的側面からも,
エスパーのフレアを超える火力を発揮するというロマン的側面からも必要不可欠な存在。
最終盤でないと入手できないものが多いけど,なんとしてもほしいところ。



きついことはきついけど,その分ボス戦とかめちゃくちゃ熱い。
後半に行くほどギリギリの勝負。
普段は瞬殺してるフェンリルやパゴスがこんなに強いとは夢にも思わなんだ。
初期設定の人間とエスパーだけを使い続けてきたプレイヤーは,
ここらへんで詰まりそう。
その気持ちがようやく分かった。
いつもは空気だったボラージュさんがこんなにも頼もしく見えるなんて。
惚れそう…。

今作の聖剣なんか誰が使うんだよとか思っていたけど,
サイボーグオンリーだとこれと現在ドライブがないと勝てないね。

そうか聖剣は救済措置だったんだなあ。
FF2でいうなら
聖剣=アルテマ
フレア=ブラッドソード
みたいなもんか。

河津さんが作ったゲームは難易度が多少キツめだけど,
その分救済措置が豊富に用意されてるんだよね。
そのうちのどれか一つにでもひっかかればクリアーできるようになっているという。
気づく,試す,挑戦する楽しみに満ちたゲームなんだ。



とはいえ,さしものわしも同じ条件でメカ縛りプレイはクリアーできそうもないな。
周回しまくって全員に相転移砲が行き渡れば…破産するか。
銃の威力が3倍,せめて倍あるか,
メカもモンスターと同じくエリクサーで技の消費が回復できれば。
途中で他種族への変化を解禁しちゃうと,
フルケアを引き継ぐだけの作業ゲーになっちゃうしなあ。

さて次はどんな組み合わせで行ったもんか。

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12:26  |  サガ3 SOL  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2012.01.11 (Wed)

続・絶対に考えてはならない時空の旅

昨日のサガ3のストーリーを追うの巻で,
時間の流れがないラグナ世界は平行世界の存在を許さないと言いきっちゃったけど,
サガ3の世界がさらなる(5次元以上の)多次元世界だったなら
時間の流れがなくても平行世界の存在を許すのではないか?
とか気になって,多次元幾何宇宙だの超ひも理論だのを
ちょろちょろと見ていたら頭いたくなってきてしまった。

こういうのを考える人達の脳みそは一体どうなっているんだ。
同じ生き物なの?
触手の5,6本も生えてるんじゃないの。

でも,こういうアイデアに夢中になれるのは素晴らしいことだと思うんだ。
だって,紙と鉛筆だけで(今はコンピュータもか)一生楽しめるんだよ。
理想の生き方だ。



そういやさ,ラグナ神とソール神の関係を
イザナギ神・イザナミ神の関係にたとえたじゃない。
あれって別に単なる思いつきってわけじゃなくて,一応根拠のある話なんよ。

根拠の第一は,ラグナ神の必殺技。
イザナミ神は(メガテニストには)有名なヒノカグツチ神を
産んだことが原因で死んでしまうんだけど,
その後根之堅州國ちゅうところに行っちゃうんだよ。
それがどんなところか諸説あるんだけど,黄泉平坂の先にあるって記述もあるし,
まあわしらの感覚でいうならあの世でしょう。
イザナミ神はいまやあの世の主神。
そして,ラグナ神が放つ最強の技は「黄泉の波動」。

第二は,ソール神の行動とラグナ神の眷属。
イザナギ神は死んだイザナミ神に会いに根之堅州國まで行くんだけど,
そこで嫁さんの化粧の時間が長いのに我慢できなくなって
嫁さんの素顔を覗いちゃうんだよね。
それが2人の離婚の原因という。

古事記は,「嫁の化粧がどんなに長引いても,旦那は絶対に待っていないといけない」
という夫婦生活の秘訣を神話の形で後世に残してくれている,きわめて実践的な書物。

それはさておき,ソール神もミロクなる魔物にさらわれてラグナ神のもとへ赴いてるわけだ。
実際には,ラグナ神と決着を付けるために自発的に向かったみたいだけど。

で,イザナギ神はイナザミ神の姿を覗いてしまうわけだけど,
イザナミ神はもう死んじゃってるわけだから,
体は腐って蛆がたかってるし,8柱の雷神がくっついてるんよ。
雷神ちゅうてもサンダーゴッドじゃなくて,恐ろしい神,邪神のことらしい。

ここでラグナ神の眷属のことを思い出してみよう。
ラグナ神に反逆し,すでに死んでいるパゴスを除けば,
ティール,ボルボック,ベリアル,フェンリル,ミロク,カオス,アシュラ,ドグラ。
見事に8柱じゃないの。

第三は,DS版で新たに追加されたステスロスマン=2人の忌み子であるヒルコの存在。

きみはただの妄想だと一笑に付してもいいし,な,なんだってー! と叫んでもいい。

しかし,考えれば考えるほど深みにはまっていく物語だな,サガ3は。
やっぱり絶対に考えてはならない時空の旅だ。



いま,本編はなんとかミロクを倒して時空ワープ入手。
敵の魔力依存攻撃が痛いです…。

サイボーグ主体で戦ってみて初めて分かったけど,
両手剣2,斧2,素早さ上げ用の格闘技1,
防御の底上げ盾1くらいの装備がバランスいいんだね。
でも,とてもじゃないけど素人にはオススメできないね。
イージーで技使いたい放題なら,難易度はガクッと下がったかもしれない。
序盤トマホークとギロチンアクスによる無双がサイボーグの売りだろうから。

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2012.01.09 (Mon)

絶対に考えてはいけない時空の旅 -サガ3の物語-

ちょっと調べてみたんだけど,3DSはDSよりも画面の解像度が上がっている分,
DSのソフトを遊ぼうとするとむしろDSよりも表示が小さくなってしまうらしいね。
別に3Dでモッコリ隆起するマリオを見たいわけでもなし,
これからも基本的にDSやGBAのソフトで遊ぶことが多いであろうわしにとっては
あんまり買い換えるメリットがなさそうだなあ。

あーでも3DSとDSじゃあメモリが桁違いなんだっけか。
DSのソフトでもメタルマックス3みたいに
容量限界でフリーズしちゃうようなのには有効なのかな。

GBAにも対応したDSi LLがあれば速攻で買い換えるのだが。
今となっては3DSよりも定価が高い時代の徒花になってしまったなあ。



かたやPS VITAのほうも,買って何で遊ぶかということを考えると
アーカイブでサガフロ1を落とす→終了
ということにもなりかねないわけで,
それならPSPでもいいんじゃない? という気が。
もしVITAでPS2のソフトがアーカイブ化されるのなら手を出したいところ。

…とかいいつつ,実際PS2のソフトで何が出てたのか実は全然知らないのだけど。
仮にPS2のソフトが遊べるようになったとして,
今の自分に据え置き機をがっつりとやるだけの気力が残っているのか,それがちょっと不安。

例えばいまロマサガ1のジュエルビーストとか凍った城とかの
マジキチマップを攻略しろとかいわれたら投げちゃいそうだわ。





などという間隙を縫って今プレイしているのはDSのサガ3。
やはり育成が楽しすぎる。
システム面では手が入りまくっててもはや新作以外の何者でもないんだけど,
これがもうサガシリーズの集大成という感じでえらいことになってるんだわ。
特にリアルタイム成長がすごい。
今後のRPGに標準装備されるべき。

素早さと魔力偏重のゲームバランスは相変わらずだけど,
特徴の○命中,○攻撃速度や○ナントカ防御で補強できる分サガ2のときよりはだいぶまし。
というより,今回はひとつの種族に固執しないで
いろんな種族を交互に使っていくことが想定されてるみたいだから
メカ・サイボーグが鈍重,魔法に弱くてもそれはそれでいいのかもしれない。
エスパーと獣人を交互に使っているだけでクリアーできるのは確かだけど。
いっそ伝統を崩して,武器の命中率を力依存にすれば,
メカ・サイボーグ,というより力のパラメータにも光明が差したかも。
ついでに魔法書の使用回数を半分くらいにしてな!

とりあえず,彼らにスポットライトを当てるため,今回は
「強さ引き継ぎなしのハードモード・サイボーグ固定縛り」でプレイ中。
まだ過去についたばかりだけど,早くもヤバイ香りがプンプンしてきてる。
素早さ低くて先制が取れない上に魔法で回復ができない。
フレイヤーッわしだーっ結婚ケアルラしてくれー!





というわけで,今日のお題はサガ3のストーリーについてですよ。
例によってネタバレ全開!

当初のサガ3のストーリーは(トンデモだけど)単純明快だ。
以下,公式ストーリー。
あ,GB版のね。



はるか昔。
神「ソール」は異次元の神々と争い,
戦闘機「ステスロス」を使い勝利し共に封印した。
時が過ぎ,突如謎の巨大な「水瓶」が出現した。
水瓶は大量の水と魔物を吐き出し続けた。
未来では,世界は滅びの危機に瀕していた。
未来人のデューン達3人が使命を帯びて過去へと送られた。
歴史を変え,世界を救うために。
過去・現在・未来、時を超え,時空をも超える壮大な物語がはじまる。



主人公の目的は未来を救う=水瓶を何とかすると明示されている。
でも,どうやって水瓶を破壊したらいいのか分からないので,
とりあえず過去の戦いで世界中に飛び散ったステスロスのパーツを集めるわけだ。
その過程でいろんなことが分かってくるんだけど,
これが今よく考えてみるとけっこうな驚きの連続なんだな。
ゲーム自体は淡々と進んでいくから,当時はあまり気にしなかったけど。

まず,水瓶から出てくる魔物は,異次元からの侵略者であることが分かる。
これが第一のビックリ。

次に,異次元は滅びかけていて,彼らがこちらの世界に移住してくる気であること,
つまり主人公たちが倒してきた魔物は,
避難民または異世界を救うためにやってきた戦士であって,
滅びの未来を救うため過去に送り込まれた主人公たちと
全く同じ境遇の存在であることが分かる。
これが第二のビックリ。

最後に,自分たちの世界の神ソールが
異次元世界の神ラグナから分離した存在であること,
水瓶から流れ出る「水」がラグナ神そのものであり,
ラグナ神はソール神を取り込んでかつての力(創造の力)を
取り戻すのが目的であることが分かる。
ラグナ神が侵略者かと思いきや,
実はソール神こそがラグナ神から力を奪っていった簒奪者だったという。
これが第三のビックリ。

(原作GB版の)ゲーム中では語られないけど,
ラグナ神の目的は創造の力による救世なんだよ。
それも移住先の先住民(つまり主人公たち)まで救おうというもの。

ラグナ神の体(海)に触れた者は,
体が変化してサハギンという両生類人間になってしまう。
これは人間の価値観からすれば奇病とか呪いとかいわれるものなんだろうけど,
見方を変えると海だらけの世界でも生きていけるようにするための
ラグナ神の慈悲であるともいえるんだよね。
もちろん,本当に慈悲からそうしているのかは神のみぞ知るだけど。

それを気に食わないからという理由でぶっちめるのがサガクオリティ。
ソール(世界の住人)は気が早いから困る。



時間旅行を取り扱ってるだけあって,しっかりSFしてたんだなあ…。
えらい壮大な物語だった。
特に,敵の神から
「ラグナ神は海そのものだから。
 お前たちがいくら強くても海をどうにかするなんてできないでしょ。
 諦めたら?」
といわれた時のショックがすごかったな。
そりゃどうにもならんわ。



そう,サガ3は異次元の神々と呼ばれる敵たちがすごい魅力的なんだよ。
単なる障害としてではなく,確固たる人格(神格?)として描かれてる。

最高に好きなのが,作中のベリアル(異次元世界の神)と
バルザイ(異次元世界の賢者,人間)のやりとり。

デューン「だれかいるぞ?!
バルザイ「かみよ!なぜ たのせかいをはかいしてまで いじゅうをすすめるのです
ベリアル「ひとのこよ これはそなたが くちをだすもんだいではない
      おおいなる ラグナしんのいしなのだ 
      これいじょう はなしてもむだだ そなた しりすぎたな いきては かえれぬぞ
デューン「まてよ ばけもの! このじいさんをおまえの エサにするわけにはいかん
ベリアル「だれだきさま! このせかいのものがかみに さからえるとおもっておるのか!
デューン「ひとびとを くるしめて なにが かみだ!
(GB版より)

ベリアルは神の一員としてラグナ神の真意を知っていて,それを敬愛ないし服従している。
バルザイは人間として,侵略される側の世界の人間の苦しみを慮っている。
そして主人公たちは,自分たちの世界とそれを想うバルザイのために怒る。

ひょっとしたら,ラグナ神の思惑どおり事が進めば,世界は平和になるのかもしれない。
でも,人間の立場ではそれを理解できないし,神の側もそんな人間の想いを拾うことはない。
ラグナ神のしていることは破壊ではなくて創造なんだよとも説明しない。
それぞれの価値観,認識のすれ違いが織り成す悲劇なんだサガ3は。

あとは,神を倒した人間は神の呪いによって
必ず死んでしまうという設定もおどろおどろしくて好き。
さらに,その原因が神の死体から出るウイルスであるという具合に,
畏れ多くも神を科学的に(?)分析して駆逐していく人間のたくましさも好き。



話を戻す。
サガ3の神々は人間の価値観のまったく及ばない存在であり,さらには
アザトース,ナイアラホテップ,ヨグ=ソトースといった神々に瓜二つの造形から
クトゥルフ神話との類似を指摘されることもあるけど,
神話体系から見たサガ3というのも非常に面白いと思うんだ。
たとえばラグナとソールの関係とかね。



ラグナは海の化身であること,多産であること(異次元の神々はたくさんいる),
異世界を攻撃するのではなく,取り込んで同一化を図ろうとする手法,
そして「口が開く」というグラフィックからして,
原初の地母神とでもいうべき,極めて女性的な存在だ。

かたやソールは,見た目からしてオッサンだし,
使ってるのは戦闘機だし,眷属もいない。
大都市のひしめくラグナ世界に比べ,ソール世界は街も少ない。
だからソールは男性,それも未熟な若者,少年的な存在だといえる。

さらに注目すべきは,ソールの世界には時間の流れがあるけど
ラグナの世界には時間の流れがないという点だ。
容量,人員の限界でラグナ世界の現在過去未来まで用意できなかったという
お察しください的な解釈もできなくはないけど,
ラグナ=成熟した女性=母
ソール=成長する少年=子
という解釈を阻害するものでもないわけだ。

「ソールとは ラグナさまの こころが ぶんりしたかみだ」(異次元の神ティールの談)
つまりラグナから生まれたソールを再びラグナ(=子どもを束縛し,支配しようとする母親)
が取り込もうとし,それをソール(世界の住人である主人公たち)がはねのける…
見事な親殺しの成長物語になってるんだなあ。
母が子と交わってさらに子を為そうとする(=創造の力)展開は,グロテスクかつエロチックで,
しかもすばらしく生命エネルギーに満ち溢れた原初の神話らしい。

なんかまどかマギカでもおんなじような論を展開した記憶があるけど,
それはこういった作品に触れる対象が,
ちょうど自己を確立していく途中の少年少女だからなんだろうね。



あるいは,日本神話的な見方も楽しい。
ラグナ=妻=変化しない=死者
ソール=夫=変化する =生者
という。
死への恐怖(死者による引きずり込み)を払いのけて生きていこうとする生者の物語。
もしくは痴情のもつれと復縁を迫る女の話。

不幸にして2つに分かれた神が~というティールのくだりが
2柱の神の別離を暗示していたとしたら興味深い。



ラグナとソールの間に何があったのか,
神々同士の戦いとはいかなるものであったのか,
そんなところに想いを馳せてビクンビクンしている変態はわしだけでいい。



当時は「レベル制のサガなんてサガじゃない! シリーズの黒歴史や!」と
敬遠していたけど(それでも10周はしたけど),蓋を開けてみたら
やっぱりこの凶々しさはサガ以外の何者でもなかったわ。
小学生相手のゲームにどんだけストーリー練ってるんだっての。





んで,ここにDS版ではラグナとソールの間に生まれたヒルコ,
ステスロスマン(仮名)の物語が加わる。
彼は,時空間を自由に行き来でき,世界にもある程度干渉できるという,
物語を俯瞰的に見下ろすメタ的な存在だ。
ということからも明らかなように,彼はプレイヤーの化身にほかならない。
主人公たちはプレイヤーの分身じゃないんだよこのゲーム。
ステスロスマンに倣っていうなら,ソール神寄りすぎるからね。

「時空の狭間を維持する」というクリアー条件だけはあるけど,
あとは何をやってもいい(そして何でもできる)ゲームをほいっと渡されたときに
さてどんな風にプレイしたもんかなと思い悩むプレイヤー。
まさに「右に行っても左に行っても何もなくて不安にさせられる」
サガプレイヤーの化身にふさわしいといえよう。

とりあえず彼は登場人物がなるべく傷つかないですむ結末を選んだつもりだったんだけど,
果たして意図したとおりになったのか,意図したとおりになったとして
それが正しいことなのか,自信が持てなかった。
(ステスロスマンは未来を読むことはできても,人間の気持ちを読むことはできない)

だから,主人公たちにステスロスやタイムズギアという,
自分の能力の一部を分け与えて,彼らを自分と同じ立場に引き上げ,
その上で自身の行いの是非を問うた。

原作GB版は価値観の相違をそのまま描いたけど,
DS版では理解,共感を得ることが主題になっている。

自分の行動に迷いがないのかステスロスマンに訊かれた主人公が,そのものズバリ
「おれのことを、信じてくれる人がいる
 その人がおれのことを信じてくれている限り,
 おれは自分が正しいと信じられるからだ」
って答えてるからなあ。

ひとことでいえば,リメイク版は
ステスロスマン=プレイヤーの承認欲求を満たすための物語。
「それが どうかしましたか?
 すべては わたしが つくったモノなのです。」
と言い切り,人間のことなんざ微塵も気にかけていなかった頃に比べて,
サガのラスボスもずいぶん丸く優しくなったもんだ。



なんでこんなストーリーにしたんだろうなー。
ボラージュという男の存在のつじつまを合わせるため?
別にいいよそんなこたぁ誰も気にしないって。
ストーリー上の矛盾もイベントの作りかけも
進行の投げっぱなしジャーマンっぷりもみんなサガの味なんだから。

今回説明が丁寧すぎて逆にビビったわ。
神殿に向かいましょう~とかいって。
案内なんざ全くないけど好きなところにいけて,
場違いなところに突っ込んで鬼強い敵にボコボコにされて
ああこっちに行くんじゃないんだなって分かるのがサガの醍醐味なのに。
1から10まで語っちゃったら味気ないわ。



話を戻す。
わざわざステスロスマンを登場させたのは,
ボラージュが主人公たちを過去に送り込んでから
どこで何をしてたのよっていう疑問に答えるため,だったのかねえ。

ぶっちゃけ,ストーリー上の補完というなら,そんなことよりも
タイムパラドックスのほうが気になるんだけど。
どうも,作中の人物の話を聞く限り,
この世界は誰かが時間移動を行なって歴史を操作すると,
そこからパラレルワールドが分岐するらしいんだよね。
ドラゴンボール式に。
心臓病で悟空が死ぬ未来と,
トランクスの持ってきた薬で助かる未来ができるという。

タイムズギアというキーアイテム自体も,
複数の並行世界の存在を前提としているし。
(複数の可能性,未来を予見している)

で,ラグナ神の水瓶はあらゆる時代・世界に一気に
現れるのが恐ろしいところなんだけど(作中でそう明記されてる),
逆にたった一つの世界においてもラグナ神を倒すと
他の世界でも一気になくなっちゃうんだろう。
時間の流れがあるソール世界はいくつもの平行世界の存在を許すけど,
時間の流れがないラグナ世界は単一の世界だろうから,
ラグナ神を倒してしまえば全部おじゃんになると考えるのは当然だよね。

すると,あらゆる並行世界でそもそも初めから水瓶は存在しないことになり,
物語が成立しなくなるんじゃ?
主人公たちも過去に送られることなくなるよね?
異次元世界に時間の流れがない(平行世界を許さない)っていう設定と,
ラグナ神の水瓶はあらゆる時代・世界に同時に現れたっていう設定は
かなりのタイムパラドックスを発生させるような気がするのはわしだけ?

あれ?
一方で,確か時間の流れがないはずの異次元世界でも
主人公たちはタイムズギアで過去に遡ったり,複数の未来を見てなかった?
おいィ?
世界観が前提から崩れるんだが?



ッッッッッ!?!!?
ちょちちょっとまって。
ここらへんを矛盾なく説明できる理論はないのか!?



そ,そうだ。
循環世界なんだ異次元世界は!
世界を永遠に保つため,10000年くらい時間が経つと
ラグナ神の魔力でまた0に戻ってるんだよきっと。
FF1のカオス理論!

過去→現在→未来と時間が一方通行に進むわけじゃないから,
きっとこれを称して時間の流れがないっていったんだよ!
だってほんとに文字通り時間の流れがなかったら,誰も身動き取れないもんね!!
んで,世界を永遠に保つためのラグナ神の魔力が切れかかってしまったから
ソール世界を取り込もうとしてるんだよ!
たぶん…。

これならラグナ世界にも過去も未来も存在することになるから
タイムズギアでの矛盾も生じない。
ステスロスの過去未来ワープが使えないのは仕様ですッ!
ハァハァ,これでどうだ。

なんで客のわしが商品のフォローしなければならんのだ。



上に書いたような世界観だと,
異次元世界も平行世界の存在を許すようになるんだけど,
そうすると厄介な問題が出てくるんだよ。
主人公の努力によって救われたのは,主人公が最後に戻ってきた世界だけで,
主人公がもともといた滅びの未来は救われてないっていう。

あらゆる時代,あらゆる世界に水瓶が現れたのは,
異次元世界が単一の世界だからではなく,
あらゆる時代,あらゆる世界に対応するそれぞれの異次元世界から
移住が始まったからということになる。
すると,すべての世界でラグナ神が倒されない限り,
ソール世界は救われたり救われなかったりするわけだ。

まあ,人生そんなもんか。
トランクスも滅びの未来へ帰っていったし。



ただ,この世界観をもってしても,
水瓶の破壊に成功した(エンディングの)時間軸において,主人公たち以外の人間が
彼らの記憶を持っているのはなぜかとかの謎は解けないんだよなあ。
ラグナ神を撃破した主人公たちがソール世界に戻ってきた時点で水瓶が消滅する,
つまり歴史が書き換えられたのはそれ以降で,その時間軸においても
それまでは水瓶が存在し続けていたっていうんなら,一応整合性はあるけど。
…やっぱゲームは1から10まで説明しようとしないほうがいいような気がする。

理論的には,少なくともラグナ神の撃破に成功した世界では,
そもそも初めから水瓶は存在しないことになるから,
ゲーム開始時の時代において主人公たちのことを覚えている人間はいなくなるはず。
主人公たちその時代(の過去)に送られてこないから。
だから,エンディングにおいて,
主人公たちの主観ではゲーム開始時の時代に戻ってきたつもりでも,
実は主人公たちは完全な異邦人になってるんだよね。



ステスロスマンは,そういった忘れられる存在の悲しみを描くために
追加されたんだろうなあと思うんだよ,本来は。
ラグナ神の撃破に成功した世界=そもそも初めから水瓶は存在しない=
ボラージュは過去に主人公たちを送らない=ステスロスマンのことは誰も覚えてない,という。
結局,戦いの前も戦いの後もステスロスマンは誰にも理解されないし,報われない。
だから,同じく忘れられた存在である主人公たちという理解者を求めた。
まあ,納得はできるかな。

それに,きっとステスロスマンが選んだルートは
最終皇帝一人で七英雄撃破みたいなすごいクリアーの仕方だったんだろう。
誰かに知ってもらいたいという気持ちはよく分かる,うん。



しかし,そうするとさらに疑問が出てくるな。
ステスロスマンは,その気になれば適当な世界・時代に人間として潜り込むこともできたはず。
ボラージュの姿を取ったように。
あるいは主人公たちをそうしたように,誰かを時空の狭間に引き入れることもできたはず。
またステスロスを作ればいいだけだし。
孤独を恐れるのなら,なぜそれをしなかったのか?

ここでまた原作GB版のメインテーマが顔を出すわけか。
永遠の時を生きるステスロスマンと定命の人間では
価値観が違いすぎて相入れることができないんだろう。
人間にとっては,未知の,驚くべき,あるいは恐るべき体験も
ステスロスマンにとっては種の分かった手品を延々見させられるようなものに違いない。
やっぱりサガ3は価値観,認識のすれ違いが織り成す悲劇だったんだ。

それでもなお理解者を得ようとするステスロスマンの悲しさ。
これもいきもののサガか…。

ラグナとソールという神の子として生まれながら,
自身は神ではないゆえに神の世界に馴染めず,
人でもないがゆえに人間の世界にも馴染めない。
永遠の漂流者,まさにヒルコだわ。

彼は主人公たちとの最後の対話で救われたのだろうか。
主人公たちが彼に理解を示しても示さなくても襲ってくるそのさまは,
まるで痛みによって主人公たちに自らの存在を刻みつけようとしているようだ。
ステスロスマン ヤンデレ女説。



はっ!
プレイヤーはゲームの世界に干渉できても,その世界で暮らすことはできない。
二次元の世界へ行きたくとも行けないプレイヤーの悲しみを表現するために
ステスロスマンを登場させたのか!?
ナ,ナンダッテー





えー。
正直タイムパラドックスが絡むと難解すぎて
ストーリーを把握しきれているとはいいがたいのだけれども,
戦闘と育成だけを取ってみてもDS最高峰のゲームであることは間違いないので,
レッツプレイ。



サガ3時空の覇者 Shadow or Lightサガ3時空の覇者 Shadow or Light
(2011/01/06)
Nintendo DS

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2012.01.03 (Tue)

ストレスフリーの哲学 ドラゴンボールからバクマンへ

FF3,無事にクリアー。
不遇と思いきや魔界幻士もなかなかの強さだった。
魔人さんもすべてのぼうで敵を石化させてる分には問題なし。
それって黒魔道士でもできることですよねとかいわないように。
泣いてる子もいるんですよ!

FC時代からずっと,バハムートの洞窟で50くらいまでレベル上げしてから
クリスタルタワーに登るのがセオリーだったんだけど,
今回はそこら辺をまるごと飛ばしたもんだから敵が強くてビビった。
アーリマンで一度全滅してもうたわ。
まさか通常攻撃で石化持ちだったとは。

寄り道しないと12,13時間くらいでクリアーできるんだね。
GBA版のFF2よりも短くて二度びっくり。
このうち2,3時間がラストダンジョンというのがまた。





んで話はぶっ飛ぶんだけど,
先日ターちゃんの話の中でドラゴンボールに触れたじゃない。
ドラゴンボールは「頭からっぽの方が夢つめこめる」を是として,
なーんも考えないで見られるよう,
どっかでアレッ? とひっかかったりしないよう
ストレスフリーが行き届いていて,
ある種のディズニーランド的な空間になっているっていう話。

あれ書いてて思い出したんだけど,
今やってるバクマンってその思想を強く受け継いでるよね。



ドラゴンボール見てた人って,何が楽しくて見てたのかな。
わしは,悟空たちが戦って強くなって勝利していくさまに興奮してた。
修行のシーンとかもあるにはあるけど,
物語全体の割合からすれば少ないだろうし,
第一延々と修行する悟空を描写するだけの漫画だったら,
あそこまで人気が出たとは思えない。

つまり,「戦闘→強化(※1)→勝利」というバトル至上主義が
ドラゴンボールの,いやここ数十年のジャンプの基本思想なんだろう。
何をいまさらといわれるかもしれないけど,大切なことなので(略

重要なのは,作品がこの基本思想に特化していくってことだよ。
最初は探索行がメインテーマだったドラゴンボールも,
物語が進むにつれて戦闘の比重が大きくなり,
やがてボール集めは1コマで終了して物語の主題から切り落とされていく。
ストーリー上の障害に対しては,戦って倒すことが唯一の解決法になる(※2)。

もちろん,現実はそうとは限らない。
では,バトル至上主義から距離を置いた,現実的・常識的な登場人物はどうなるかというと
物語からフェードアウトしていくしかないんだよね,ヤムチャやプーアル,ウーロンのように。

少年漫画のストレスフリーは,現実の排除によって実現するのだ。
まさにディズニーランド。





ここで話がバクマンに行くけど,バトル漫画だよね,あれ。
「宇宙最強」が「作品アニメ化・ヒロインと結婚」になってるだけで,
「戦闘→強化→勝利」というサクセスストーリーに特化,
それ以外はザックリ切り捨てていくという,
今までのジャンプの基本思想に忠実すぎるくらい忠実。

と考えれば,漫画家を目指す人間のほとんどは成功しないという現実を背負った中井さんや,
なんだっけ,ぱんちらファイト描いた人がフェードアウトするのもむべなるかな。
2人のサクセスストーリーには不要,というか邪魔な存在だから。
聖闘士星矢でいうとカシオスだ。
いや,カシオスはモヒカンにしてはがんばったけど。
アイオリア覚醒させたし。
ふしゅらしゅら~。



ヒロインが逆に今どき珍しいくらいのテンプレート美少女(※3)なのも,
ライバルが新人の若者しかいない(※4)のも,すべてバトル至上主義に特化するために
余計なリアリティを排除していった結果だと考えれば,合点が…いく?

そしてでき上がったのが,主人公たちの勝利だけですべてが解決していく
小さな小さなディズニーランド的箱庭世界だった…という意味で,
ドラゴンボールの直系だなーとか思ったんよ。
唯一,ジャンプの過酷なアンケート至上主義だけは表現されてるけど,
あれって勝敗を明確にするためのスカウター的な存在だからなあ。

うーん。
ワンピースもナルトもブリーチもみんな似たようなジャンプ哲学が根底に流れているだろうに,
なんでバクマンだけそれが鼻につくんだろう。
漫画家という現実にある素材をバトル漫画の文法で表現しているから,
よけいに違和感が目立つのかね。





なにはともあれ,ドラゴンボールが(おそらくは)
武道家を目指す人間のために描かれた作品でないのと同じように,
バクマンも(おそらくは)漫画家を目指す人間のために描かれた作品ではない。
あくまで,サイコーとシュージンの2人と一緒に
サクセスストーリーを登っていきたいと考える読者のための作品なんだろう。
だって,どうやってデッサン勉強するかとか,トーンの貼り方とか,
漫画家を目指す人間がおそらくは最初に知りたいような基本的なところ
(ドラゴンボールでいうなら修行シーン)がバッサリカットされてるんだもの(※5)。

漫画家としてのリアリティよりもサクセスストーリーを登っていく点に主眼が置かれているから,
どうしても前者は誇張されたり,見栄えの悪いところはカットされてしまう。
ついでにいうと,主人公は「勝利すること」が目的で,
「描きたい漫画があるから描く」わけではないから,
2人から創作の熱意みたいなものを感じることもない(※6)。
すると,一部の読者,特に実際の漫画家からは拒絶反応が出るんだろうなー。

篠房六郎先生なんか,かなり痛烈にバクマンを批判してたけど,
わしがまだ子供だったから知らなかっただけで,ドラゴンボールにも
「武道を馬鹿にしている! 人間はあんなに簡単に強くならない!」
みたいな批判が来ていたりしたんだろうか?



あ,これどこかで既視感があると思ったら,ラブひなだ。
女風呂を覗いてるだけの人間が東大に入るとか受験をなめとるのか!
おまけにかわいい彼女までできるなど,言語道断!
というお怒りが,やっぱり一部の読者から上がっていたような気がする。



そういうお怒りは,きっと至極ごもっともなんだけど,
自分はその漫画のメインターゲットではなかったんだと
潔く身を引いたほうが自分自身にとって幸せ,かもね。

まあ,自分の真剣を茶化されてるも同然だから,
怒るのも無理ないだろうけど。
篠房先生,心の底から漫画を愛してそうだからなあ。



で,オマエはどうなんだって?
武道家志望でも漫画家志望でもないわしは,どれも楽しく読んどるよ。
(ラブひなのハーレム空間だけは居心地が悪くて無理だったけど)

なんかいつの間にか中井さん復活してたんだね。
ダメ人間代表の彼にどうか幸多からんことを。





もうちょっとだけ続き。
単純な作品は単純であることに意義があると思うから,
バクマンがサクセスストーリー路線で行くなら,
そこに突き抜けていくといいな。
目指せ島耕作!

たとえば,ウルトラマンを見ている子どもに向かって,
「きっとウルトラマンが吹き飛ばされた先のビルの下敷きになって
 逃げ遅れた人が何人も死んでるんだよ」みたいなことを言ったら,
それは確かに正しいことなんだろうけど,子どもは困惑してしまうと思う。

どういった人間が読んでいるかというのは非常に重要な問題で,
小さい子は社会の複雑さに耐え切れないだろうし,仮に耐え切れたとしても,
何かを一途に信じるということができなくなってしまうんじゃないかなあ。
社会の複雑さはおいおい学んでいけばいいのであって,
「オレもサイコーやシュージンのようになってやる!」
という熱い魂を読者に灯すことができたなら,
それはこの作品の成功といっていいんではないだろうか。

…でも,昔のジャンプには諸星大二郎が孔子暗黒伝とか描いてたんだよね。
けっこう複雑に描いても,みんなそれなりについていけちゃうものなのかも。










※1
 強化と書いたのは,修行に限らないから。
 切れてパワーアップ的な意味合いで。





※2
 まず,このような大雑把でイデオロギー的な見方で
 ドラゴンボールのような偉大な作品を切ってしまうことについて謝罪します。
 ごめんなさい,時間があったらまた今度もっと詳しく書くね。
  
 皆さんも御存知のとおり,本当はドラゴンボールはバトル至上主義の作品ではない。
 物語の最初に世界を救ったのはウーロンの「機転」だし,
 物語の最後に世界を救ったのはミスターサタンの「勇気」だった。

 その点を踏まえた上で話を進めるけど,
 魔人ブウ編で,魔人ブウによって地球人が皆殺しにされたとき,
 悟空が「気にすんな みんなドラゴンボールで生き返る」というような
 QBも真っ青の合理的かつ冷徹な台詞を口にしていたのを覚えているだろうか。
 あらゆる物事に執着しない悟空らしさが出ていると思うのと同時に,
 あまりに温かみのない台詞に恐ろしくなった人も多いんじゃないかな。
 これこそがバトル至上主義を端的に表している台詞だと思う。
 勝利のカタルシスにとって邪魔になるから,
 命の重みさえも切り落としてしまった。

 これはわざとそうしたんだと思う。
 あえて悟空を怪物じみた存在として描くことにより,
 連載継続,人気維持のためにバトル至上主義を貫こうとする編集部と,
 それをよしとしない鳥山明先生の葛藤を暗示したんだ,というのは穿ちすぎかな?

 と同時に,魔人ブウ編では,圧倒的なパワーを持ち,
 「強化→戦闘→勝利」のストーリーが通用しない魔人ブウに対し,
 悟空が(敵に懇願するだけという)まったくの無力をさらけ出しているという意味でも
 バトル至上主義の限界を暗示していたと思う。
 よほど無理やり描かされていたんだろうなあ。
 幽遊白書ェ…。





※2 篠房六郎
 圧倒的なくだらなさを圧倒的な画力で描く,
 ニコニコ動画にアップされたら画力の無駄遣いというタグが乱舞しそうな鬼才漫画家。
 氏の作品は「純金製のウンコ」とでもいうべきシロモノであり,
 娯楽はくだらなければくだらないほど素晴らしいが信条のわしにとっては大好物。
 でも百舌谷さん逆上するは読んでないのごめんなさい。





※3 ヒロインの造形
 シュージンによるヒロイン・小豆評は以下のとおり。
 『そう「女の子だから」がわかってるんだ。
  可愛いお嫁さんになるのが女の一番の幸せって生まれながらに思っている。
  それまでは,いや,結婚しても女らしく,おしとやかに可愛く。
  それが計算じゃないんだから,クラス一勉強できる女岩瀬より百倍頭いい。
  サイコーだってどんなに可愛くても馬鹿は嫌だろ。
  反対に岩瀬だって見た目も悪くないけど、好きになれなくね?
  確かに女で一番成績がいい。それが誇らしげな性格が嫌だ。馬鹿だとさえ思う。』

 この「女は可愛いのが一番だ」的なイメージが
 少年漫画の文法から導き出されていることは間違いない。
 けど,ふと思うんだけど,これを前時代的なミソジニーと一蹴してしまっていいものだろうか。
 愛され系だの女子力だのといった文字が踊る雑誌がコンビニの入口を占めていることからも
 こういった発想は女性の側からも一定の支持を得ているのでは。 

 ここから先は完全にわしの妄想だけど,
 女性も男性と同じように就職して自立して云々…
 という発想自体が一時期の流行,イデオロギーであって,
 あまりにも厳しい就職戦線,キチガイじみた労働条件,
 出世の見込めない将来なんかにぶち当たったら,
 「こりゃ適当な男を転がして専業主婦やるほうがいいわ」という発想が
 「冷静な分析の結果」出てきてもちっともおかしくない気がする。
 (そういった現状がいいといっているわけではないよ)

 だから,シュージンの発想を古くさい固定観念だと
 切り捨ててしまうこと自体が古い固定観念に囚われていたり…してね。
 はじめからこういう見方で行くなら,シュージンみたいな考えの男はむしろカモだし。

 上ではテンプレート美少女と書いたけど,妙な気負いがないという意味で,
 小豆はむしろ一周して,極めて現代的かつリアリティ溢れる存在であるとさえ思う。
 巨乳の世話焼き押しかけ女房(幼馴染)よりはよほど。
 
 激流を制するは静水的な。
 こういうのなんていうんだっけ,猛禽?

 あえてフォローするなら,シュージンは
 女のあるべき姿をいってるんじゃなくて人間のあるべき姿をいってるんじゃないかな。
 たとえ能力があっても,それを鼻にかけて周囲と軋轢を生む人間より,
 協調性があってみんなと仲良くやっていける人間のほうが
 社会にとっても有用だし,本人も幸せだという。
 男岩瀬とでもいうべき七峰透が自滅していったのを見ると,特に。





※4 ライバル漫画家
 ジャンプの漫画家が題材の漫画なら,尾田栄一郎がラスボスじゃないとおかしいんでは。
 実名じゃなくても,主人公たちより格上の大物(ベテラン)漫画家が
 全くでてこないという展開になんか違和感が。
 それともこれから立ちはだかってくるのかな?





※5,※6
 こんなシーンを悠長に描いていたら,それこそアンケート至上主義に押されて
 あっという間に連載終了になってしまうんだろうね。
 この点を作者の責任にするのは,ちょっとかわいそう。
 編集部としても,今までアンケート至上主義でやってきて
 うまくいっていたという実績があるから,あんまり改めなさそうだし。

 ハンターハンターなんか,よく修行シーンだけで何話も潰したもんだよ。
 あそこまで売れてれば無茶が効く,というよりあそこまで売れてないと無茶が効かないのか。

 主人公の2人が,生き残ること,売れることを優先させる姿勢の裏から,
 描きたいものが描けない作家の苦悩が透けて見えたり。

テーマ : レビュー・感想 - ジャンル : ゲーム

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2012.01.01 (Sun)

謹賀新年

あけましておめでとう。
みなさん今年もよろしゅうに。



さーて今年は溜まりに溜まった積みゲーたちを片付けていくかあ。
DSで世界樹2・3,メタルマックス2リローデッドをやったら
噂の3DSやPSVITAにも手を伸ばしてみようかなー。
こういうのを見ると,すさまじい勢いで心踊るものがあるんだけど,
さすがにもう据え置き機をやる気合はないなあ。
結局PS2はDVD観賞用マシーンとして永久就職してもらうことになりそうだ。



とかいいつつ今やってるのは予告とおりDSのFF3。
件のガルーダ前。
DS版だと不確実な竜騎士に頼るよりも,
学者でアイテム投げまくるほうが倒しやすいというのがなんとも。
いい裏ルートを作ってくれてるじゃあないの。
そういうところもきらいじゃない。

懐古として光の4戦士もやっておかなければならないような気がしてるんだけど,
軽く地雷臭が漂ってるんだよね,アレ。
どうしようかな。
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